下請負人による発注者に対する留置権の主張は認められるのか
1 問題点の整理
施主からお金を払ってもらえない場合には、請負業者としては、完成した建物をタダで渡すわけにはいかないでしょうから、当然、引渡しをするわけにはいかないと思います。
ところが、工事にあたっては、元請から下請に工事がさらに発注される場合があります。ここで、施主→元請は全額の支払がなされているのに、元請→下請の支払がなされていない、という場合に、下請業者は、自分たちが手をかけた物件を留置することができるのか、という問題があります。施主の立場からすれば、自分自身は既に全額お金を払っているのに、元請が下請に払っていないことが原因で建物を引き渡してもらえないというのは、納得ができないことでしょう。
この場合は、施主と下請業者、どちらの利益を保護すべきことになるのでしょうか。
2 建築工事における出来形部分の所有権は誰のもの?
上記を考える前に、そもそも、「出来形」は一体だれのものなのでしょうか。
最高裁平成5年10月19日判決民集第47巻8号5061頁は、建築工事における出来形部分の所有権帰属について、「建物建築請負契約において,注文者と元請負人との間に,契約が中途で解除された際の出来高部分の所有権は注文者に帰属する旨の約定がある場合に,当該契約が中途で解約されたときは,元請負人から一括して当該工事を請け負った下請負人が自ら材料を提供して出来高部分を築造したとしても,注文者と下請負人との間に格別の合意があるなど特段の事情のない限り,当該出来高部分の所有権は注文者に帰属する」としています。
ここでは、下請負人は,注文者と元請負人との間の約定に拘束され,下請負人が自ら材料を提供して出来高部分を築造したとしても,特段の事情がない限り,当該出来高部分の所有権は注文者に帰属するという帰結になります。同最高裁の可部裁判官の補足意見を見ると、下請負人は元請負人の履行補助者的地位にあるため,下請負人は,注文者と元請負人との間の合意に拘束され,下請負代金の支払いの確保は,結局のところ元請負人との関係で図るほかなく,下請負人の施工に見合う代金を既に元請負人に対し支払った注文者の犠牲においてなされるべきではない,という判断枠組みを前提にしていると考えられます。
3 下請負人による留置権の主張は認められるか
出来高の所有権が注文者に帰属するという上記最高裁判例を前提に、下請負人による留置権の主張の是非を裁判例とともに検討していきましょう。
東京地裁平成27年8月5日判決は、「下請負人は,注文者との関係においては,元請負人の履行補助者的立場にあり,元請負人が注文者に対して,目的物の引渡しを拒絶できないような場合にまで下請負人に留置権の主張を認めるのは,下請負人の債権を注文者の犠牲において保護することになり,留置権の本来の趣旨に反する。」とし,「特段の事情のない限り,下請負人は注文者に対し,留置権を主張し得ないと解するのが相当である。」と判示しています。
また、京都地裁平成13年12月21日判決は,「下請負契約は,元請負契約から全く別個独立の契約ではなく,元請負契約の存在と内容を前提とし,元請負人の債務履行を目的として締結されたものである。そうすると,下請負人は,注文者との関係においては,元請負人の履行補助者的立場にある。そうすると,元請負人が注文者に対して,目的物の引渡しを拒絶できないような場合にまで下請負人に留置権の主張を認めるのは,下請負人の債権を注文者の犠牲において保護することになり,かえって公平を欠き,留置権の本来の趣旨に反する。」とし,「特段の事情のない限り,下請負人は注文者に対し,留置権を主張し得ないと解するのが相当である。」と前記東京地裁と同趣旨の判断に至っています。
これらの裁判例からすると、原則として下請負人は、注文者である施主に対しては、留置権を行使できないという考え方になります。
要件事実的な位置づけについては、私見ではありますが、次のように整理できると思います。
① 請求原因
■ X所有
■ Y占有
② 抗弁
■ 留置権
・被担保債権
・牽連性
③ 再抗弁
■ X注文者
■ Y下請負人
④ 再再抗弁
■ 「特段の事情」の評価根拠事実
※ここでの特段の事情としては、注文者が元請業者に対して、請負代金額全額を支払っていないなどの事情が挙げられるかと思います。
⑤ 再再抗弁
■ 「特段の事情」の評価障害事実
上記を前提にすると、下請負人が、注文者に対して留置権を主張するのは、注文者が元請業者に請負代金全額を支払済みであるような場合には、難しいのではないかと思います。