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悲願への確かな布石 - COWBOY CARTER / Beyoncé (2024)
ついに悲願達成。
2025年2月2日(日本時間3日)はビヨンセの長いキャリアの中でも歴史的な一日となった。
この日授賞式が開催された第67回グラミー賞で、彼女が昨年リリースした作品「COWBOY CARTER」が念願の最優秀アルバム賞を受賞したのだ。
私を含め、今回こそは彼女が大本命だと予想していた音楽ファンも多いだろう。
ビヨンセといえばグラミー賞史上最もノミネート数が多いアーティストであるが、その実主要部門の受賞は2009年楽曲賞のたった一度のみと不遇の境地に立たされていた印象が強い。
特に2010年代後半からのアルバム賞においては、ビヨンセがノミネートされるたびに「彼女以外の受賞はおかしい」という空気が世界中に広がっていたように思える。
授賞式でビヨンセ以外の名前が呼ばれるたびに、受賞者は喜ぶことさえ躊躇われるような雰囲気が作り出され、いち音楽ファンとしての私は違和感を禁じえなかった。
個人的な感想を申し上げると、確かに2010年代後半以降のビヨンセの作品は芸術性の高いものであったかもしれないが、ポップスとしての大衆性が置き去りにされているような印象もあり、総合的にはアデルやハリー・スタイルズの方が票を集めたのも納得できた。
同様に主要部門での受賞歴が無かったケンドリック・ラマーの件と合わせて、グラミー体制側の黒人差別だと糾弾していた空気感は、私にとってはノイズでしかなかった。
本来の反差別とは、ある属性を理由とする減点をなくすことであって、それを理由に加点を求めることではない。
今回のグラミー賞は、ザ・ウィークエンドのサプライズ出演やケンドリックのレコード・楽曲ダブル受賞も含めて、そういった歪んだグラミー観を一気に清算する年だったようにも見える。
しかし、偏った見方を排除しても、本作が素晴らしい作品であることには変わらない。
世論とグラミーの乖離が激しくなってきたドンピシャのタイミングで、カントリーをベースにした新作をドロップ。
グラミー賞を意識した曲調でありながらも、「これはカントリーアルバムではない。ビヨンセのアルバムだ。」と本人が主張するように、決して体制に媚びることのない、ビヨンセらしい芯の強さが感じられる作品だ。
先行リリースされた"TEXAS HOLD'EM"をラジオで初めて聴いた時には、彼女の表現の幅広さに驚かされた。
その時に感じたアルバムへの大きな期待は間違っていなかったことを知るまでに時間はかからなかった。
唯一弱点があるとしたら、27曲80分というボリュームの重さから来るとっつきづらさだろうか。
しかし、ひとたびアルバムを聴き始めれば、次々と繰り出されるパンチラインの数々に耳を奪われ、気づいたときには最後の楽曲が終わっているだろう。
「カントリー音楽を黒人に取り戻す」というコンセプトの作品で、序章からビートルズのカバー"BLACKBIIRD"が展開されるメッセージの重みに思わず唸ってしまう。
ドリー・パートンの声をサンプリングした"DOLLY P"から"JOLENE"のカバーにつながる流れも最高。
さらにはポスト・マローンやマイリー・サイラスといったポップ界からもカントリーの遺伝子を持つアーティストとコラボを行い、各方面への訴求も怠っていない。
シャブージーをフィーチャーした楽曲もあり、前述のポスト・マローンの起用も合わせて昨年のカントリーブームの伏線となった作品でもある。
シーンへの影響度を考えても、改めて文句なしで昨年の最優秀アルバムに相応しい一枚であると言えるだろう。
改めて、受賞おめでとうございます。