【エッセイ】思い出でしか会えない人が増えていく
年を重ねていくということは、思い出でしか会えない人が増えていくことでもある。
人生は出会いと別れの繰り返しだけど、それはある程度の年齢までであって、それを超えると、お別れすること…つまりお見送りすることが増えていく。
思い出でしか会えない人というのは、今世では二度と会うことが出来ない人。
そして、そういう人が増えてくると、寂しさが、だんだんと優しさに変わっていく。
死別というのは、今の人生では絶対に、二度と会えないことを意味する分だけ、最初は辛いし、良いことばっかり思い出しては泣けてくる。
でも、だんだんと日が経ってくると、「そうは言っても…」と、良いとこだけじゃなく、ダメなとこもちゃんと見えてくる。
だけど生き別れのそれと確実に違うのは、ダメなとこを思い出しても、それが心に全部マイナスとして響かないこと。
ダメなヤツだったな〜と、マイナス部分までもが愛しく思えたり、そこまでプラスにならなくても、どこかあきらめがついたりする。
そしていつの間にか、二度と会えない人たちとの思い出が、自分を優しく包んでくれていることに気づく。
毎回実家に行くと聞かされる愚痴が嫌で遠ざかっていた母も、今は部屋の隅の写真立てで、生前一番の笑顔で見守ってくれている。
愚痴はいっぱい聞かされたけど、子供の頃からのいい思い出の方が、実は多かったことが、お別れしてからわかった。
無口であまり距離が縮まることのなかった父とは、認知症になってから沢山思い出ができて、お別れの寸前に思い出作りが間に合って、思い出せるストックが増えたことが、なにより嬉しい。
思い出でしか会えない人との思い出は、寂しさを超えた時、とっても温かいものだと感じられる。
年を重ねていくことは、実際に接する人が減っていくことでもあるけど、温かい思い出に包まれていることを感じると、とても生きやすくなる。
一人上手になることが、一番の生きやすさ。
でも、一人上手でも、一人じゃない。
温かい思い出は、誰にでも必ずある。
そしてそれは、量よりも質だし、その質は自分だけが決められること。
上質な思い出は、年を重ねていく上で、最良の相棒になる。
では、また。