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Station boys 2
創作大賞2024年“漫画原作部門”応募作品 第二話 第一話はこちら↓
無法地帯と化した上野一帯で、大人に手を貸す浮浪児による犯罪が爆発的に増え、一掃作戦がとり行われるようになった。
それはすなわち狩り込みの強化だった。
皆が寝静まる深夜を狙って警察はやってくるから、ジロー達は安心して眠ることのできない日々を過ごしていた。
辺りを見回しながら夜中じゅう逃げ続けているジロー達は、疲れでフラフラしながら歩いていた。
「おーい!勤労少年達〜!」
ジローとマモルとケンタの3人は、声のする方へ顔を向けた。
ボロ宿の窓から顔を出して、
「あいつら朝までしらみつぶしに探すから、こっちに上がってきな!」
と、マリーが手招きをしていた。
「アンタ達、お腹はすいていないかい?」
3人を部屋に招き入れると、マリーは言った。
顔見知りのジローはすぐにわかったが、マモルとケンタは怪訝な顔でマリーを見つめていた。
「アハハ、化粧していないからね ~」と、マリーはゲラゲラと笑い出した。
「今はこれしかないけど、食べな」
差し出してくれた芋に、3人は飛びついた。
「ありがとうございます」
あっという間に芋を食べてしまった3人は、屈託のない笑顔でマリーに礼を言った。
「…マリーさん、今日の方がキレイだね」
ケンタがマリーを見つめて恥ずかしそうに言った。
「あら、ありがとう。怪我はもういいのかい?」
「うん」
「そうかい、それは良かった」
そこは政府が資材を調達して、薄いベニヤ板だけで作られた隣の声も筒抜けな貧相な簡易宿泊所だったけれど、久しぶりに屋根の下で、しかも布団の上で寝させてもらって、3人はあっという間に寝息を立てた。
そんなあどけない少年達の寝顔を、マリーはじっと見つめていた。
「親を殺されて、家もなくされて、被害者のはずなのに、厄介者扱いされて…。
こんないたいけな子供達に、この国の大人達は、いったい何をやってんだろうね…」
マリーはそう言いながら、そっと一番小さなケンタの頭を撫でた。
「…母ちゃん…」
眠ったままのケンタが、そう寝言を言って、マリーの手に触れた。
マリーはその小さな手を握って涙を流した。
その後、ある事件をキッカケに、上野の街でのパンパン狩りも激化した。
パンパンと関わった進駐軍の間に性病が蔓延したことにより、MPも日本の警察に協力するようになったという事情もあったが、ある日、警視総監が記者達を連れ立って、上野の山の視察を行った時のことだ。
実は山の中には、暗い場所なら見えにくいと、オカマのパンパンが多く集まっていたのだ。
そしてその時、記者が撮影のためにフラッシュをたいた事に激怒したオカマの1人が、警視総監に襲いかかってしまった。
警視総監に怪我はなかったものの、それが記事として新聞に載ってしまった為、警察の面子にかけて上野からパンパンを排除すると、取り締まりが強化されたのだ。
ある夜、上野地下道に轟音が鳴り響いた。
「狩り込みだ!」
その声に地下道は騒然として、みんな右往左往と逃げ出した。
ジロー達も慌てて表へ飛び出した。
そこで目にした光景はいつも以上であったが、連行されているのはパンパンばかりだった。
警察もMPも、他の浮浪者や浮浪児には目もくれなかった。
数台のジ ープやトラックで道の両側から乗りつけて、街頭で客引きをしているパンパンを挟み撃ちにして捕らえていた。
ハイヒールを脱ぎ捨て裸足になって必死に逃げ惑う女性達で、混乱を極めていた。
それでも、何人もの女性達が、両腕両脚を屈強なMPにつかまれ、下着丸出しでトラックに詰め込まれていった。
その光景を見たジローは、マリーがいつも立っている筈の裏路地の方へ走り出した。
マモルとケンタも、慌ててその後を追った。
そしてジロー達の目の前で、今まさにマリーが大きなMPに担がれて、トラックの荷台に積まれれていた。
トラックを取り囲んで、数人のMPが銃を構えて、女性達が逃げないように見張っていた。
「マリーさん!」
駆け寄ろうとしたジローは、銃を構えたMPに追い払われた。
ジローの存在に気付いたマリーは、強く手を払って「来るんじゃないよ!」と叫んでいた。
そして、女性達で荷台がいっぱいになったトラックは走り出した。
「マリーさん!」
ジローは足がすくんでその場に立ち尽くした。
すると、隣にいたケンタが、おもむろにトラックを追いかけて走り出した。
「ケンタ?」
ジローとマモルは一瞬顔を見合わせて、すぐに後を追って走り出した。
路地を抜けたトラックは徐々にスピードを上げていった。
「母ちゃん! 母ちゃん!」
ケンタはそう泣き叫びながら全力でトラックを追いかけた。
「ケンタ‼︎」
その後をジローとマモルは必死で追った。
「母ちゃん!母ちゃん!」
ケンタは泣きじゃくりながらトラックを追いかけて車道を走り続けた。
大きな交差点に差し掛かっても、ケンタは追いかけることをやめなかった。
その時、横から出てきたトラックが、ケンタを吹き飛ばした。
「ケンターーーーー‼︎」
スローモーションのようにケンタの小さな体はゆっくりと宙に舞い、そして地面に落ちた瞬間に後続のジープに轢かれた。
ジローとマモルは呆然と立ちすくんだ。
血まみれのケンタは、警官によって息を確認されると、病院に運ばれることもなく、ムシロにくるまれて軽トラに積み込まれて行ってしまった。
ジローもケンタもすぐに後を追ったものの、途中で見失ってしまった。
長い夜が明けて、陽が高く上ってようやく、ジローとマモルは地下道に戻ってきた。
そして、いつもの場所のムシロの上にへたり込んだ。
「…マリーさんは、ケンタの母ちゃんに似てたのかな?」
ポツリとジローがいった。
「…わかんない。でも…ケンタはまだ小さいから、オレ達なんかよりずっと…母ちゃんが恋しかったんだな…」
マモルがムシロの上で膝を抱えて呟いた。
ジローも膝を抱えて頷くように目を閉じた。
それから何日も、2人は靴磨きに出かけなかった。
コージがくれたタバコを、1本ずつ大人に売って、なんとか食いつないでいた。
とうとう1本もなくなり、ジローは空になったタバコの箱を見つめた。
そこには、コージが書いた川崎の住所があった。
第3話に続く。