映画レビュー『ファンタスティック・プラネット』
久しぶりに配信で観ました、
「ファンタスティック・プラネット」、原題は「La Planète sauvage」英語タイトルが、「Fantastic Planet」なので日本では英語タイトル通りで知られている。原作は1957年に書かれたSF小説「オム族がいっぱい」(Oms en série)
なんでタイトルのことにこだわるかというと、レヴィ・ストロースの「野生の思考」原題「La Pensée sauvage」に映画のフランス語のタイトルが似てるなと思ったから。ルネ・ラルーの意図はわかんないけども、1962年に発表され世界の知的シーンに多大な影響を与えた「野生の思考」「La Pensée sauvage」をもじったのかなと思った。
というのも、この映画の訴えたいこととレヴィ・ストロースが言いたかったことは重なるようにも思えるから。
いわゆる”西洋的”な科学的思考が絶対的なものではなく、いろいろある思考法の一つにすぎないと相対化するような発想。多分当時のフランスでは「野生の思考」が大ブームだったのではないか、そんな中にこの映画はハマったと思う。
僕はソバージュというと髪型のことかと思っていたアホ大学生だったが、後で野生って意味なんだと知った。
この映画では野生の思考と科学的思考が反発し、互いに利用しあい、折り合いをつけるような風に展開する。それが地球人の起源だというわけ
だ。多くのクリエイターに影響を与えたけど特に漫画版の「ナウシカ」への影響は大きいなあと思う。
絵は素晴らしい、幻想的でデザインに優れている。諸星大二郎なんかも影響を受けてそうだ。
フランスのジャズのアラン・ゴラゲールによる音楽が素晴らしすぎる。本作ではジャズというよりはジャーマンロックのような呪術的なビートが作品世界を作っている。この音楽がなかったらここまでこの映画は名作にならなかったかもしれない