旅の思い出〜タイ旅行〜大学生の夏休み
「ねえ、なんか道違くない?」と仁美が言った。夕食を食べて少しウトウトしていた私は、ぼんやりとした頭のまま、窓の外を眺める。たしかに昨日、一昨日通った道とは違う気もするが、ここはタイ。異国の地なので違って見えているのかもしれない。
ガイドブックを指差しながら「やっぱり違うよ!」と仁美が語気を強める。寝ぼけた頭を起こして地図を見ると、なるほど、ホテルとは逆方向へ向かっているようだ。「そうだね、間違ってる」と頷くと、「やっぱり!」と仁美の顔が強張り、タクシーの運転手に「Hey!どこに向かっているの?行先が違うけど、どうなってるのか」と問い始めた。
運転手の男性はニコニコしたまま、「OK,OK,ホテルじゃないけどおすすめのマーケットがあるから、そこに連れて行ってあげる」とそのまま走り続ける。
マーケット名を尋ねると、そこは危険なので近付いてはいけないと、ツアー初日に添乗員が注意していた場所ではないか。一気に酔いが醒め、つたない英語で運転手へ車を停めろと要求するが、運転手は意に介さず、車はどんどん進んでゆく。
その時、仁美がドスの利いた声で「ふざけるな!今すぐ止めろ、さもなくば警察に通報する。タクシー代も払わない!」と大声でまくしたてた。
やっと停車したタクシーはのろのろと近くのBTS(鉄道)の駅へ戻り、まいったような表情で運賃を要求する。昨晩のタクシーの3倍の値段だ。そこでも仁美が「違う行先へ勝手に走った分の料金は払わない」と宣言したお陰でやっと通常料金となり、私たちは無事タクシーを降りた。
私は心底仁美に感謝し、仁美のように強くなりたい、夏休みが終わり大学が始まったら、私も真面目に英語の授業を受けようと決意したのだった。
翌年、別の友人と再びタイを訪れた私は、タクシーに乗るたび道が当たっているか注意深く確認し、「あの時の仁美はかっこよかった!」と普段は可愛い仁美の武勇伝を話し、無事にタイ旅行を終えたのであった。