🍎偏差値45の教員。先生になる

勉強会のあと、青井先生と部屋でこのあと夕飯を食べに行く約束をしていたら、担当の羽崎先生に声をかけられた。
「青井先生聞いたよ。今年は３年生の担任だってね。」
「そうですね。」
「青井先生は本当に良い先生だから、受かって欲しいけど。良い先生すぎて仕事ばかりで自分の勉強まで手が回らないんだよな。今年は受かるといいね。」
と羽崎先生が声をかける。青井先生は早々に立ち去ろうと、適当に相槌してお互いの車でファミレスに向かった。

「お疲れ様。」と言い青井先生がメニューを広げてくれる。私はパスタを青井先生はカツ丼を頼んだ。お手拭きで手を拭き、水を飲み干す。
「さっき、青井先生に言われたこと助かりました。」
青井先生は、スマホを弄りながら何のこと？みたいな顔をする。
「ほら、志望動機についてです。」
あぁという顔をしてスマホを置く。
「だから、横山ちゃんは志望動機のところに自分の理想とする先生を書きなよ。誰かいないの。」と聞かれた。

考えてみる。先生という職業は、正論を武器に悪役に回る職業だと思う。先生が出てくるドラマや漫画を思い出してみる。
ごくせんや金八先生、スクールウォーズは別だ。今の時代にあれをしたら一発アウト。すぐに全国ニュースいきだ。

他には最近読んだ道徳の教科書に載っている下町ロケットの植松努さんの話を思いだす。
そこでも先生は悪のように語られている。教科書に掲載されている話ですら先生は悪だ。この前、友達と会ったときも、中学時代の教員の悪口で盛り上がった。
先生との良い思い出がある生徒なんて、品行方正な優等生ぐらいだろ。
良い先生とは何だかわからない。

「青井先生にとって理想とする、良い先生はどういう人ですか。」
青井先生が今度は水を飲み干す。
「私が理想とする先生は、生徒や保護者の意見に屈しないで、正義を貫く先生。クレームがきて指導するのを辞めたり、生徒からの文句を間に受けて野放しにするのは嫌だな。」
「でも、私達も人ですよ。傷つきませんか。」
赤羽の件を思い出した。
「傷つくよ。いや、でもさ。」
と、言いかけて一瞬、青井先生の表情が暗くなり、小声になる。

「教え子が捕まったことあるの。1回だけ。ニュースを見てたら、知っている名前が出て検索したら、教え子だった。暴行と強盗。」

「え、やばくないですか。」
「うん。いや、やばいのは犯罪を犯したことよりもさ、私、救えなかったんだよ。その子のこと。」
「いや、でも犯罪犯す何て元々の性質ありますよね。凶暴だったんですか。」
「違う。全部違った。むしろ人懐っこい性格で、先生、先生、来てくれて、勉強は苦手だったけど勉強も好きで、友達も好きで高校にもいきたがってたの。」
「じゃあ、尚更、青井さん悪くないじゃないですか。青井さんのおかげで学校が好きなんですよ。」
青井先生と言いかけたが辞めた。青井さんと話がしたかった。

「いや、悪いよ。中3のとき、その子の担任だったの。進路指導でさ、その子は高校にいきたがってたけど、親の反対で高校にいけなかった。どうせコイツは行っても無駄だから仕事させるって聞かなくて。」
「え、じゃあ仕方がないですよね。」
「中学校ってさ、最後の砦なんだよ。家庭環境が、悪い生徒にとって。大人に真っ直ぐ正しい道を歩かせてもらえる最後の場所なの。」
「それは、そうとも言えますけど。」
「その後、仕事を辞めたその子に手を差し伸べてくれる大人はいないでしょ。市役所とかハローワークとかそういう知識も持たない中卒の１５歳、１６歳だよ。」
私は黙った。言葉が出なかった。
「人懐っこい性格だから、悪い大人に良いように使われて、騙されたんだよ。やったことは悪いよ。悪いけどさ。」
青井先生が、真っ直ぐ見てくる。視線を逸らしたかったが、逸らしたら駄目な気がした。

「私があの時に、父親の反対を押し切って最後まで通信でも定時でもどこでも良いから高校に通わせるように説得すれば良かった。そうすれば、今度は高校の先生が助けてくれるから。」
目の前にパスタとカツ丼が置かれた。青井先生は、カツ丼を胃に流し込み始めた。
「うちらが働いている公立中学校は、そういうところなんだよ。」

「採用試験に受かってるとか、受かってないとか、生徒からしたら全然、何も関係ないんだよ。」と、言って青井先生は水をまた飲み干した。

私も負けじとパスタを啜った。ステーキにすればよかった。ハンバーグでもよかった。
疲れた、嫌だ、なんて言ってられない。エネルギーを体が欲していた。ファミレスでの２１時半。
周りのお客さんは、椅子にもたれかかって座っていた。