ヒンドゥータントリズムにおける儀礼と解釈: シュリーヴィディヤー派の日常供養
この本はヒンドゥー教、シュリーヴィディヤー派の人たちが日々行う儀礼やヨーガなどの実践やその解釈について書かれている本なのだが、おそらく普通の人が読んでもさっぱり意味がわからないだろうが、AEO体得すると、彼らがやっていることの意味がわかるようになる。
やはり大切なのはクンダリニーで、1にも2にもクンダリニーである。これで深い変性意識状態に入ることでそれぞれの儀礼の意味が出てくる。この著者は賛成しかねるようだが、本書にはこのような記述がる。
要は、クンダリニー覚醒すれば(AEO体得すれば)、深い変性意識状態に入ることができるので、供養対象や儀礼の映像化を瞑想中に容易に行えるようになるから、祭壇を用意したりなんだり、面倒なことは一切する必要はないのである。全ては概念だけで行われるとはこういうことである。
著者は、
と述べるが、クンダリニー覚醒者が主流派にならないのは当たり前だ。それにGuptaの話は論理的帰結ではなく単なる事実だ。極端な話でもない。クンダリニー覚覚醒者にとってはこうした儀礼を瞑想の中で全て観想にて行うことなど容易い。そんなのはおこちゃまのお遊びのようなものなのだ。
99%の人はクンダリニー覚醒できないから、わざわざ肉体や物を実際に動かして供養を行うが、シラフで供養してもそれでは意味がないのだ。だからまずはクンダリニー覚醒に励めということだ。
ぶっ飛ばないと意味ないのよ。
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