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90.教話雑感(8)-“心を救う”は自己満足?-

◆教話「『心のケアお断り』の意味するもの」

東日本大震災で津波被害を受けた地域では、公民館や学校の体育館が、避難所になっていました。そこに多くのボランティアの方が支援に駆けつけました。現在では避難所は無くなり、住む家を失った被災者は仮設住宅に移りましたけれども、今も多くのボラン ティアが様々な支援のために被災地に行っています。私は直接見たわけではありませんが、何人かのボランティアの人から聞いた話では、避難所の掲示板に「心のケア、お断りします」というのが貼っていたそうです。これはいったいどういう意味でしょうか。
大災害に直面して心理的ショックが大きい人には、当然ながら心のケアが必要です。だけど「心のケアはお断り」という貼り紙が貼っているわけです。おそらくこの背景には、いろんなことがあるように思います。一番はっきりしているのは、宗教系のボランティアの人が、心のケアと称して、その宗教の勧誘を行っているということです。実際、そのようなことを堂々とやっている宗教団体があって、そのために他の善意の宗教関係者まで同じような目で見られるのがつらかったという声もあります。これは確かにまずいですね。でも、それだけではありません。
(中略)
人との長い関わりの中でなされていくのが、本来の心のケアのありようだと思います。どんなケアもそうです。突然、被災地の避難場所に行って、「心のケアをしてあげましょう。何か悩んでいることはありませんか」などと言っても、言われた方は戸惑ってしまいます。「なんですか、あなたは」となってしまうわけです。
心のケアにはもう一つ盲点があります。それは、心というものをそれだけ取り出してケアすることは、そもそもできないのでないか、ということです。そもそも全体のケアの一環として、心のケアもあるということなんです。心のケアをやりましょうと言っても、物が無くて、寒くてお腹がすいてどうしようもない時に、心のケアだけしてもらってもしょうがない、というか、そもそもそんなことはできない相談です。

金子昭「より添い支援と社会だすけ」より

雑感

Fさんと出会ったのは今年(2016年)の夏のことだった。身体に若干の不自由を抱えた独居老人の彼は、最初、玄関先で私の訪問を断っていたが、それから雑談を交わしているうちに、「まぁ中入れよ」と招き入れてもらうに至る。どうやら話し相手が欲しいようだった。
彼は下着一枚っきりのほぼ裸で生活していた。それは、ほとんど他人からの訪問を受けたり、人と接する予定のない生活が慢性化しているが故のことだった。元妻や子ども達とも疎遠で、親しい友人もなく、彼は本当にひとりだった。部屋を見渡すと、4ℓの安い焼酎の空のボトルがいくつも転がっている。酒浸りの様子だ。テレビと、煙草と、アルコールばかりの毎日。
何度か通っていくうちに、次第に彼も私のことを信用してくれるようになり、「いつでも来ればいい、毎日でもいい、夜中でもいいんだ、もし寝てたら起こしてくれればいいんだから」と言ってくれた。飲んでばかりで眠くなったら寝て、と規則正しい生活からかけ離れたサイクルのFさん。
そうやって何か月も付き合いを繰り返していくうちに、ほんの少し変化の兆しが見られるようになる。いつからか、家の中にひとりでいる時も、衣類を着て生活するようなっていった。毎日5~10分程度の短い見守りを継続していた私の行き来によって、彼の半裸生活は終止符を打つ。

冬が近づいた頃、Fさんは体調を崩す。しばらくの間、寝込む生活が続いた。相変わらず毎日彼のもとを訪れてはいたけれど、だけど私には、彼をとりまく苦境の根本部分を改善させることは出来ないのでないか、そんな風に内心思い、ジレンマを感じるようになっていた。

一体、俺はこの人の支えになっているのだろうか…?

おさづけを取り次ぎながら、なおも自問は続いた。

やがてはFさんの体調も、回復へと向かう。するとそれまでを取り戻すかのように目に見えて食欲が増していた。以来、彼は出会った当初よりも量をよく食べるようになった。湯気のたつあたたかいスープを「ああ美味しい」と声に出しながら笑顔でそれをすすっている。その真向かいに座って、静かのその様子をじっと見つめていた。
本当に美味しそうに食べている。

…この人の役に立てているのかもしれない。なんとなく、そう思えた。

【2016.12】


余談

Fさんとのおつき合いは2024年現在も細々と続いています。
少しずつ身体も衰え、82歳を迎えた今年の春に彼もようやく決心し、自宅を処分し、高齢者施設へと入居していきました。その後も何度か面会にも行きましたが、そうやって私の約7年半の毎日訪問見守りも、一区切り打ちました。

別に彼の心をケアしようだんておこがましいことは一切考えてはいませんでした。ただなんとなく続けていた繋がり合いだったように思っています。

ここまで読んでいただきありがとうございました。
それでは、また(^^)


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