映画『I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ』感想
予告編
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「私は映画が好きです。」
一見すると、「映画愛が込められた映画」のように思えるタイトルですが、同時に、どこか強気な側面が窺える語感でもある。人によっては敬遠されてしまいかねない。そんな本作の主人公・ローレンスは、良くも悪くも、まさにタイトル通りみたいな人物でした笑。
物語の舞台は一昔前。配信やストリーミングでの視聴が当たり前となった現代では懐かしい想い出ですが、まだまだVHS・DVDレンタルが一般的だった時代。カナダの田舎町に母と二人で暮らすローレンス(アイザイア・レティネン)は、ニューヨーク大学で映画学の専攻を目指していた映画好きの高校生。映画が大好きで、映画を、または映画製作者をリスペクトしていて、その熱量も凄まじい。
しかし残念ながら、そのリスペクト精神や礼節といったものを周囲の人々へ一切向けられないのがローレンス。映画を高尚なものとして捉えるのは大いに素敵なことですが、高尚な映画に詳しい自分自身までもが高尚な存在と思い込んでしまっている、そんな振る舞いのオンパレード。
本作では “映画” ですが、こういったことはジャンルを問わず起こるもの。「漫画ばっかり読んでいないで、ちゃんとした本を読まないと~」とか、流行りの楽曲やアーティストを指差して「あれは本物の音楽とは呼べないよね~」とか……。もう挙げたら切りがありません。
普段どれだけ高尚なものに触れているか、或いはそういった方々に囲まれているかなんて知ったこっちゃありませんが、それを理由に他者を見下し、優越感に浸るのは褒められたものじゃない。ローレンスは自分のことで頭がいっぱいで、他者への興味・関心が乏しい為に、社会性が欠如している。
本作は、そんなローレンスの奮闘、及び変化が描かれていく青春コメディなのですが、彼の変化によって、タイトルから感じ取れるニュアンスさえ変化していくのが個人的に一番好きなポイントです。
そこで重要となるのが、彼のアルバイト先のレンタルビデオ店店長・アラナ(ロミーナ・ドゥーゴ)との会話シーン。この二人の会話は本編中で何度か描かれていくのですが、それぞれのシーンでの描写一つ一つがローレンス自身を象徴していたようで面白いんです。
たとえばバイトの面接シーン。ローレンスの自信満々で(というか自己中心的が故に相手の話を聞こうとしない姿勢の表れともいえる)一方的な話しぶりはとても印象的。自分が言いたいことをツラツラと宣うだけの態度からは、彼の高慢さや映画オタクっぽさ、自身過剰ぶりなどが如実に伝わってくる。彼が身勝手に喋り続ける様子を、気付きにくいほどの速度で徐々にズームして映していたこのシーンは、一方的に話を聞かされるアラナの気持ちを容易に想像させてくれます。
逆に、そんな彼が黙ってアラナの話を聞き続けるシーンもあります。それは、「映画が嫌い」と言っていたアラナが、その本当の理由を告白する場面。全体的にセリフのテンポ感が若干速くなりがち(正確に述べるなら、相手の見解や返答などお構いなしなので、早口な上に食い気味に会話を繋げてしまいがち)なローレンスとは対照的に、ここでのアラナは非常に言いづらそうに、時に躊躇ったり、言葉を選んだりしながら、ゆっくりと話をしていた。
ここでもまた “少しずつズーム” していたのは、先ほどと同様、画角外の人物(このシーンにおいてはローレンス)が被写体(このシーンにおいてはアラナ)の話を一方的に聞かされている状態であることが強調されていたのかもしれません。言い換えるなら、ローレンスは「我慢して相手の話を聞いているだけに過ぎない」状態。
同じ “少しずつのズーム” が用いられることで、たとえ〈話をする側〉と〈聞かされる側〉で立場を入れ替えても、まだまだ相手への関心が無いままのローレンスが浮き彫りになってくる。それはつまり、配慮や思いやりすら芽生えていない精神性を象徴するもの。
(その後、二人が強く衝突して言い合いになるシーンもあるのですが、ネタバレ防止のため割愛)
そして終盤、再び二人の会話シーンが描かれます。ようやくローレンスは、一方的ではない会話ができるようになっていました。相手の話に耳を傾け、話の腰を折らない程度に相槌や質問も挟んでいく。今度はズームなど、特別なカメラワークはこれといって見受けられず、ただ自然と会話をするだけの二人。
先述したシーンなどを経たからこそ、この何の変哲もない会話シーンからローレンスの変化が窺い知れてきます。
とはいえ、ラストシーンでついつい質問攻めしちゃうローレンスの様子も描かれており笑、そんなすぐには完璧になれない感じもまた、本作独特の愛おしさに繋がるんじゃないかな。
随分遠回りになった気がしますが、ここまでに述べた彼の変化が、タイトルのニュアンスさえも変化させてくれるんです。
本作のタイトル——「アイ・ライク・ムービーズ」——は正直言って、まさに “悪い意味で” 本作でのローレンスそのままというか笑、「映画が好きで、そんな自分は映画に詳しくて、見識があって、造詣が深くて……」といった自己主張のイメージを漂わせるものでした。本項冒頭で「敬遠されてしまいかねない」と危惧していたのはそんな理由から。
しかし、それが180度変わるのが本作の魅力。単なる自己主張に思えた「アイ・ライク・ムービーズ」という言葉が、エンディングを迎える頃には一つの自己開示を示す言葉へと変化していた。そこには「あなたは何が好き?」等々、他者への興味・関心を示す言葉に繋がっていく気配があります。
ローレンスに訪れた「意識のベクトルが自分以外にも向くようになる」という心の変化に呼応して、タイトルのニュアンスさえ変わって見える……この後味がとても気持ち良いのです。
先述した通り、すぐには完璧には振る舞えないし、本編中での出来事においても大いに反省しなければならないことが多々あった。けれど本編を通して描かれた彼の変化、及びその兆しが、「人間は変われる」と信じさせてくれる。(そんな温かな気持ちになれたのは、まるでVHS時代の映像を想起させてくれるようなスクリプト比のおかげもあるのかもしれません笑。)
予告編映像の中で「映画がもっと好きになる」というコメントがありましたが、僕の感想は少しばかりニュアンスが違う。“もっと「映画が好き」と言いやすくなる”。そんな素敵な一本でした。