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映画『くすぶりの狂騒曲』感想

予告編
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雑音


 「大宮ラクーンよしもと劇場」で活躍する芸人たちで結成されたお笑いユニット “大宮セブン”。その初期メンバーである『タモンズ』にスポットが当てられた物語。

 タモンズは、ツッコミ担当・大波さん(和田正人)と、ボケ担当・安部さん(駒木根隆介)からなる漫才コンビ。知っているに越したことはないでしょうけれど、特に細かい知識などが無くても楽しめる作品だったと思います。僕自身、お笑いについては詳しくなく、『アメトーーク!』で放送された「大宮セブン芸人」回で多少の知識を得た程度だったので、ほとんど何も知らない状態だったと言っても過言ではありません。



 タモンズを中心に、M-1での栄光を目指し奮闘・苦悩する芸人たちの姿を実話ベースで描いた本作ですが、あくまで「お笑い」や「M-1」などを仮託しているだけで、描かれていることはとても普遍的なテーマだったかもしれません。

 「自分たちが信じる道を貫き通す」か、
 「大衆にウケる、愛されるように合わせる」か……。

 その是非や正誤を問うことはしませんが、彼らがぶつかり続けているのは「社会性」と「個性」。“どちらかが絶対に正解ではない” もの。そして本作は、その描かれ方こそが魅力の一つ。(……まぁ「社会性」や「個性」という形容が適切なのかどうかは判然としませんが。換言するなら「他人」と「自分」とかでしょうか?)


 本作に準えるならば「芸人として売れる」というやつでしょうが、世間からの評価や他人の視線・意見などに煩わされるのは、何もお笑い芸人さんだけに限ったことではない。本作では、そんな外野の声が〈音〉として表現されていたのが面白い。

(※ネタバレではありませんが、以下、各シーンの描写についての記載があります。ご注意ください。)



 たとえば安部のイヤホンについて。学生時代、周囲の輪には入らずに一人でいた安部は、イヤホンで音楽鑑賞。何を聴いているのかと尋ねてきた大波に対し何食わぬ顔で「オリックスの応援歌」と答える……。いや別に、オリックスの応援歌を聴くのは自由ですが笑、“他人とは違うセンス” への驚き(困惑?w)を窺わせる大波のリアクションと、“雑音(周囲の音≒外野の意見)のシャットアウト”を連想させるイヤホンというアイテムによって、周囲の意見なんかに左右されない「個」が際立っていました。

 しかし大人になった現在。芸人としてくすぶったままの安部がイヤホンを耳につけると、何故かそれまで以上に街の雑音が大きく流れ出してくる。まるで、外野の声をシャットアウトしようとする動作——イヤホン——とは対照的に、外野の声に左右されて自分自身を見失いかけていた安部の心理状態を表現していたかのようです。


 一方、外野の声の煩わしさに負けないよう、自分自身を強く保ちながら戦い続ける大波と安部の姿に合わせ、激しい耳鳴りのようなノイズが流れるシーンもありました。耳鳴りは、周囲の雑音こそ耳に入らないかもしれないけれど、ややもすると自分の声すら聞き取れなくなるもの。
 “タモンズ” とは、大波と安部の二人共有のものではあるものの、同時に各々の魂が乗り移った「個」でもある。そんな自分自身の現身でもあるはずの “漫才コンビ・タモンズ”、その半身を担うはずの相方の声も聞こえなくなってしまっていたことが示唆されていたのかもしれません。



 周りの声ばっかりで、おまけに自分たちの声も聞こえなくなって……。そうやって迷走を続けていた状態だったからこそ、囲碁将棋・根建(柾賢志)の叫びが輝いていた。あの大声は、情熱や想いの猛りで生じた、或いはドラマチックに見せたいがためだけの大声ではなく、“色んな事が聞こえなくなっちまっている”仲間の耳に届かせるための大声だった。そして、ここからの展開も非常に良い。

 大通りを挟んだ大波と安部。車の往来が激しい大通りのため、煩わしい雑音によって互いの声が掻き消される。けれど、次第に聞こえ出す。単なる大声ではなく、強い想いが乗っている大声だからこそ次第に聞こえていったんじゃないかと妄想したくなるのは、前述した根建の叫びによるものなのかな。と同時に、大通りの雑音は抑制されていく……。

 ここでのやり取り、そして聞こえてくる音の変化は、大波と安部が初めて人前で漫才を披露した歩道橋でのシーンに呼応してくるよう。周囲の目なんかに左右されない、自分たちが信じる道を進む、そして “タモンズ” でありたい……。相方の声にすら耳を傾けられなくなって、外野の意見に振り回されていた彼らが、遅くなっちゃったかもしれないけど、大切なものを取り戻せた瞬間。



 ラスト、共に活躍してきた諸積(岡田義徳)の「雑音なんか~」というモノローグが、以上に述べたことをまとめて言い表してくれます。そして大宮セブンメンバーのバカ騒ぎに合わせてのタイトルバックにて終幕……。

 お笑いというジャンルに「かっこいい」や「感動」といった要素を求めない声もあるかとは思いますが、本作は改めて「芸人のかっこよさ」を教えてくれる。他のメンバーとは活躍の度合いを比較されてしまうかもしれませんが、脚光を浴びる側ではなく “くすぶっている側” の視点だったからこその魅力も多かったと思います。



 そんな本作、12月13日公開開始という時期的なことも相まってか、普段お笑いコンテンツに向けている意識とは異なる目線で眺めてしまうかもしれません。……まもなく『M-1グランプリ』の決勝戦。今年はどのコンビが頂点に立つのでしょうかね(12月18日現在)。

 偶然にも、この感想文を投稿する直前にM-1の公式チャンネルで『リライト』の動画が公開されたり、Netflixの『ザ・コメデュアル』予告編が公開されたりして、なおのこと「面白い」ではなく「かっこいい」と思わされてしまいました笑。


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