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「おおエルサレム!」

ドミニク・ラピエール&ラリー・コリンズ共著 松村剛訳 1980年2月 ハヤカワ文庫NF

『パリは燃えているか?』『今夜、自由を』等のドミニク・ラピエールとラリー・コリンズの共著による第一次中東戦争の顛末を描いたノンフィクションノベル。

内容はあくまで第一次中東戦争に至るまでの出来事と停戦に至るまでの推移を描いたノンフィクションノベルですが、今日まで続く中東戦争の直接的原因となるイスラエル建国に纏わる諸問題を非常に分かりやすく、なおかつ広範にわたり言及することで、この問題についての基本的知識を得るには最適と思われる書籍。

最初に読んだのは中学生の時。
それまで『アラビアンナイト』の世界とほとんど変わらない、単なるエキゾチックな謎の地域としての漠然としたイメージしか持たなかった中東地域に俄然興味が湧く契機となるに充分な魅力がありました。
まず何といっても登場人物の多彩さとそれぞれに纏わるエピソードのドラマチックなこと、この戦争に関わる主要な人物から市井の一市民に至るまで、人生の大転換期というべき歴史上の事件に関わることになる人々の身に起きた出来事の重大さがひしひしと伝わり、読み物として最高に面白いのです。

今更言うまでもなく、第一次中東戦争は突然に始まったのではなく、古くは旧約聖書、近代においてはロシアや東欧におけるポグロムや全世界的な反ユダヤ主義の台頭、シオニズムの勃興とそれを政治的に利用した英連邦といった出来事の連鎖の末に、パレスチナにユダヤ人国家とアラブ人国家を建設する、という国連決議181号の採択に至る。
これを受け入れ難いユダヤ人とアラブ人にとってもはや戦争が不可避となった段階で制御不能な内戦状態が発生、英国のパレスチナ撤収を契機に戦争の勃発に至る過程は、戦慄すべき悲劇の応酬で、今日に至るイスラエル対パレスチナ人の紛争とまったく同一線上にある闘いであることがはっきりと分かります。

政治的には二枚舌というべきアラブ人とユダヤ人双方に相矛盾する都合の良い条件を提示した英国の外交戦略の瑕疵がやはり非常に大きな原因となっているのは間違いないところですが、それがなかったとしても、この地域にアラブ人国家とユダヤ人国家を建設することそのものに対して、特にアラブ人側が納得すべき条件を英国および国連が提示できたか?となると、それ自体に無理があったと考えざるを得ない。
西欧世界におけるユダヤ人迫害の歴史はナチスのホロコースト以前に1000年単位で連綿と続いてきた根深さがあり、ユダヤ人に定住の地を与えようという機運は、ホロコーストの直後という心情的な側面により避け難いものであったことは容易に想像できます。
またそのことが国連決議181号にアメリカ以外にソ連も賛成している、という事実は、ソ連の思惑と合致したという部分にこうした心情面での後押しがあったのではないか、という気もするのです。

本書の性格的に、指導層から市井の市民に至るまで各階層の多彩な登場人物のエピソードを描くことで、戦争の実相に迫り、現場で何が起きていたのかが非常にリアルに伝わるのですが、なかでも国連決議181号の採択から実際の開戦に至るまでの、双方のテロと呼べる戦闘の凄惨さは戦慄を憶えるレベル。
開戦直前でのディール・ヤシンでのユダヤ人側によるアラブ人の虐殺事件など、ユダヤ人側のイルグンやレヒといったテロ組織がどれほど非人道的な行いをアラブ人(それに英連邦に対しても)に対して行っていたのか、“ディール・ヤシン”がアラブ側にとって報復の合言葉となる過程に怒りと報復の連鎖という悲劇のひな型を見ることになるのでした。
イルグンにはアブラハム・シュテルンといった当時から有名なテロリストに交じってメナヘム・ベギンといった後のリクードの枢要なメンバーとなる人物が所属し、ネタニヤフに至るリクードの対アラブ観の根幹がどこにあるのかが非常に興味深いのでした。
こうしたユダヤ人の中でも対アラブに対する強硬な思想の流れは、戦後数十年の歴史のなかで、中道から穏健路線寄りだった労働党の衰退と、徐々に勢力を拡大してきたリクードの拡大が、そのまま今日に至るイスラエルの対アラブ、そして対パレスチナ戦略に反映され続け、特にパレスチナに対する強硬姿勢の強烈さの理由を裏付ける大きな要因となっているのではないかと思うのです。

登場人物は多彩ながら、ややイスラエル側・西側の人物比率が高いと感じますが、そこを差し置いても、筆致は両者に対して公平に書かれていると感じます。
上記ユダヤ人極右テロ組織の跳梁やアラブ側の同様な虐殺行為についても言及し、問題の根深さをあぶり出そうという意識が感じられるものです。

本書はなかなか再版もされず、今では中古もしくは図書館でしか読むことのできないことは非常に残念なことだと思うのですが、改めて悲劇の連鎖の原点を知るうえでも、またこの地域の問題に興味を持つための最初の入り口としても、本書の持つ価値は非常に大きなものがあり、できるだけ多くの人に読んでもらうことは非常に大切なことなのではないか、と改めて思うのでした。

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