
日傘とイカロスについて思うこと
昔ギリシャのイカロスは ロウでかためた鳥の羽根
両手に持って飛びたった 雲より高くまだ遠く
勇気一つを友にして
(中略)
赤く燃えたつ太陽に ロウでかためた鳥の羽根
みるみるとけて舞い散った 翼奪われイカロスは
墜ちて生命を失った
小学生の頃、この歌が怖くてしょうがなかった。
蝋で固めた鳥の羽根で高く飛び立ったイカロスが太陽に近づきすぎ、最終的に墜落する話。
ギリシャ神話においては「人間の傲慢さが自らの破滅を導くという戒め」というテクノロジー批判の側面を持っているようだが、上述の歌では終盤、このようにまとまる。
だけどぼくらはイカロスの 鉄の勇気をうけついで
明日へ向かい飛びたった ぼくらは強く生きて行く
勇気一つを友にして
最終的に「勇気を讃える」ようないい感じのまとめ方になってはいるのだが、やはり僕には彼が愚か者としか思えない。
これは勇気なのか?風船おじさんに近いものを感じる
飛びたいという気持ちは自由だが、使う素材を考えれば良かったのに。
まぁ、こういう奴は考えたとしても素材にステンレスあたりを選んでしまい、高熱で大ヤケドを負うんだろうが。
鳥の羽根を芯材に使うのもどうなのか。
グラスファイバーあたりが良かったんじゃないのか。
いや、わりと早めに融解するか。
近づかなきゃ良かったのに。
まぁ、こういう奴は近づくなと言っても太陽光を直視したりして最終的にムスカ大佐のような台詞を吐くことになるのだが。
というか、そもそも飛ばなきゃ良かったのに。
その辺のつまらないYouTuberとやってることが変わらない。
「太陽舐めすぎワロタ」「航空法に抵触していませんか?」「羽根を毟り取られた鳥が可哀想。鳥に謝れ」「うちの子どもが真似したらどうしてくれるんですか。教育に悪い」などという罵詈雑言でコメント欄や公式Xが荒れに荒れ、黒スーツで謝罪動画を上げるも「反省の色が見えない」「謝罪中にニヤニヤしていた」「ネクタイの結び方が雑」と更に叩かれ、最終的に「私も悪かったですが口の悪い奴は情報開示請求するから震えて眠りやがれ」という声明を出したあたりでXのアカウントが凍結され1週間後には別のオモチャが流行りだし飽きられるのが目に見える。
イカロス、社会的にも墜落す。
*
僕は常日頃イカロスに対してこのように思っているにも関わらず、気付けば自分自身の羽根も30%程が溶けて消失していた。
昨今の暑さのせいだ。
地下鉄に乗っている間は涼しいので羽根もカチカチなのだが、屋外を歩行している間に徐々に溶けていたようだ。
僕の歩いた軌跡を見ると、ヘンゼルとグレーテルの“パンくず”のように蝋が溶け落ちている。
酔っ払っても迷わず帰れるので便利だが、知らない人が我が家までついてきてしまう恐れもある。
これはいかん。
どうにかせねば。
*
「日傘男子」なる言葉があるそうだ。
僕は「〇〇女子」「〇〇男子」のような言い方をあまり好まないのだが、こういった語句が登場している時点で、そもそも男性にとっての日傘は縁遠いものだという、ある種の証明にもなっている気がする。
ひと昔前の「男が日傘なんて」「汗かいてナンボでしょう」「紫外線は見えないから存在しないのと同じ」みたいな価値観は令和の世でも健在なように思う。
かく言う僕もこの数年「日傘持ちてぇな」と思い続けていたものの、なかなか踏み切れていなかった。
日陰の無い所に日陰を生成出来て、なおかつ紫外線も避けられる。
晴雨兼用傘ならば、これ一本ビジネスバッグに入れておけば多大なる安心感を得られる。
そんなメリットは認識していながらも、「なんか恥ずかしい」のデメリットひとつに負けていたのだ。

そうは言っても溶け残った僕の羽根は70%程度。
背に腹は代えられぬ。
というわけで、日傘を買った。
*
朝から灼熱地獄だった数日前、早速使用してみた。
地下鉄駅から職場までの徒歩10分程度の道のりだったが、その差は歴然としていた。
ずっと日陰。
どうしてもっと早く買わなかったのか。
途中、すれ違う人に見られているような気もしないでもないが、これは僕の自意識過剰ということで処理する。
別に自分のことなど見ていないだろうし、見ていたとしても恐らく1分後には忘れられている。
そもそも、変なことなどしていない。
どうしても視線が気になるならば、傘で自分と他人の視界を遮ってしまえばいい。
そう思えるくらい、快適だった。
*
というわけで男性諸君、これを機に日傘を持ってみるのはどうだろうか。
「男性が日傘をさすのはちょっと…」という風潮を駆逐する唯一の方法は、みんなで日傘を活用し「性別なんぞ関係なく、みんな持ってますけど?」と言えるような環境づくりなのだ。
値段はピンキリ、1,000円台で買える物~それなりの金額はするが高機能な物、選択肢は沢山ある。
安価な物でも生活の変化は感じられるだろう。
コンビニでだって買える。
あの日セブンイレブンで日傘さえ買っていれば、イカロスも翼を溶かさずに済んだかもしれない。
2,157文字も費やし、イカロスまで例に引っ張り出して、ただ「日傘を買った」というだけのことをわざわざ文章で宣言しなくていい世界線を、共に作ろうではないか。
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以上、発表を終わります。