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ブルーロックに学ぶ、新規事業成功の方程式 ―― 偶然を必然に変える仕組みづくり


はじめに

新規事業の成功は、本当に運なのでしょうか?

Billone、Notion、Slackなど、爆発的な成長を遂げているプロダクトを見ていると、その成功は奇跡的で、偶然の産物のように思えてきます。しかし、これらの「運」のように見える成功の裏には、実は必然的な要素が隠されているのです。

例えば、請求書管理のSaaS「Billone」。これまでfreee、MoneyForward、弥生など、多くの企業が請求書関連サービスを展開してきました。そんな中、Sansanは請求書を「作る側」ではなく「受け取る側」の視点でプロダクトを開発。その結果、既存のどのサービスよりも爆発的な成長を実現しました。

一方、漫画界では「ブルーロック」が2023年に1,052万部を売り上げ、講談社作品として15年ぶりに年間漫画販売部数1位を獲得。アニメ、小説、映画、ゲームと展開し、特にゲームでは短期間で1億円の収益を達成するなど、驚異的な成長を見せています。

一見まったく異なるこれらの成功事例には、実は共通する方程式が存在するのです。

ブルーロック

一見まったく異なるこれらの成功事例には、実は共通する方程式が存在するのです。

第一篇:スタート篇 「成功する新規事業の設計図」

新規事業成功の黄金ルール

新規事業は、始まった時点ではその成否を予測することは困難です。しかし、興味深いことに、うまくいかない新規事業の特徴は、その開始時点で既に見えていることが多いのです。

なぜなら、成功する新規事業には、ある共通の成功の方程式が存在するからです:

  1. 大きな市場で戦うことを選択している

  2. 既存のサービスと差別化するための新規性を持っている(例:80%の既存要素に、20%の新規性を組み合わせる)

  3. その新規性が自社の強みから導き出されている

  4. その新規性が時代のトレンドと合致している

  5. ユニコーン企業を目指すなら、将来の大規模な成長を可能にする仕組みを初期段階から組み込んでいる

これらの要素が揃っていれば、良質な市場で効率的に戦い、運よく新規事業が軌道に乗り始めた時、次のグロースフェーズへとスムーズに移行できます。この成功パターンは、実は人気漫画「ブルーロック」の成長戦略にも見ることができます。

WHY NOW:時代との共鳴

ブルーロックの連載は2018年に開始されました。これは日本代表がワールドカップでベスト16敗退を喫した年でした。この現実世界の出来事に呼応する形で、日本がW杯優勝を目指して300人の若手選手を集めた「ブルーロック」プロジェクトという物語が始まったのです。

ブルーロック第1話

通常のスポーツ漫画と共通する要素を持ちながらも、「世界一になるための道筋」や「成功の再現性」というビジネス世界でも応用できる要素を新規性として組み込んでいます。この新規性によって、スポーツ漫画という細分化された市場から、ビジネスコンテンツを好む層まで、ターゲット市場を大きく広げることに成功しました。

WHY US:独自の強みを活かす

ブルーロックの原作者である金城宗幸は、優れたビジネスセンスの持ち主でした。それは作中のブルーロックプロジェクト総指揮官・絵心甚八の言葉の数々に表れています。他の作家にない金城氏ならではの強みが、絵心甚八の言葉に深みを与え、単なるスポーツ漫画を超えた深さと、ビジネス漫画に匹敵するインサイトを生み出したのです。

絵心甚八の運に関する発言

新規事業における「運」と「必然」

新規事業の世界では、Billone、Notion、Slackなどの爆発的な成長を遂げたプロダクトは、一見すると奇跡的な成功、つまり「運」のように見えます。しかし、その「運」の中にも、成功につながる必然の方程式が隠されているのです。

例えば、請求書領域では、freee、MoneyForward、弥生、株式会社ラクスなど、多くのSaaS企業が類似サービスをリリースしてきました。その中で、Billoneが請求書の作り手ではなく受け取り手のペインポイントに着目してプロダクトを提供した途端、過去のどのサービスよりも爆発的なARR(年間経常収益)成長率を達成しました。

BillOneのARR推移

Sansanが、これまでの名刺や人事などのサービスから一転して会計領域に参入し、freeeやMoneyForwardといったメガベンチャーができなかったことを実現できた背景には、単なる偶然以上のものがあります。なぜなら、Sansanは、Sansan、Eight、Billoneと、次々と成功する新規事業を生み出してきた実績があるからです。

絵心甚八の話に戻りますが、Sansanの新規事業が成功した一つ理由は、「落ちる場所」で待っていたことです。
請求書市場は常に魅力的な市場であり、新たなプロダクトが次々と生まれる領域です。そこにインボイス制度という時代のトレンドが重なり、独自の視点から「新規性」をもたらすことで、運を引き寄せることができたのです。

WHY US と WHY NOW の重要性

私がかつてリクルートで新規事業の企画に携わっていた際、必ず「WHY RECRUIT」という視点が求められました。
当時は単に「リクルートの営業力/顧客基盤/〇〇を活かす」といった表面的な回答をしていましたが、今思えば、自分がやりたいと思う新規事業と、リクルートだからこそできる新規事業を重ね合わせることで、より魅力的な事業アイデアが生まれたかもしれません。

これは「WHY US」という、すべての新規事業が答えるべき質問に集約されます。「なぜ自分たちでなければならないのか。他社でもできることならば、すでに誰かがやっているのではないか」という問いかけです。

同様に重要なのが「WHY NOW」という視点です。「なぜ今でなければならないのか。今でなくてもよいのなら、過去に誰かがすでにやっているのではないか」という問いです。
Sansanがインボイス制度の導入時期に合わせて請求書領域に参入したのは、まさにこの好例です。SaaSプロダクトは、政策や法律の変更時期に、ユーザーが新しいソリューションを探し始めるタイミングと重なると、通常以上のビジネスインパクトを期待できます。

政策や法律の変更以外にも、テクノロジーの進化も重要な時代の転換点となります。
2010年頃のモバイルインターネット時代への移行期に、モバイル端末からのインターネット利用者数がPCからの接続数を超えた際、リクルートは紙媒体に加えてインターネット媒体を次々とリリースしました。これはWHY USとWHY NOWの両方を見事に捉えた事例といえます。

リクルートの株価推移

新規事業成功への第一歩

新規事業の第一歩は、適切な市場を選ぶことです。その際、大きな市場で戦うことを心がけましょう。そして、「WHY US」と「WHY NOW」を徹底的に考え抜き、そこから新規性のヒントを見出していくことが重要です。これらの要素が揃った時、新規事業は「運」に頼るのではなく、「必然」の成功への道を歩み始めることができるのです。

第二篇:グロース篇 「偶然を必然に変える仕組みづくり」

新規事業において、初期の成功は「運」のように見えることがあります。しかし、その成功を持続的な成長へと転換させるには、緻密な仕組みづくりが必要です。この「運を必然に変える仕組みづくり」について、ブルーロックの成功事例から学んでみましょう。

成功までの時間軸を理解する

ブルーロックは2018年に連載を開始しましたが、Googleトレンドのデータによると、その人気が爆発的に上昇し始めたのは2022年頃でした。新規事業の視点で見ると、PMF(Product Market Fit)の兆しが確実に見え始めるまでに4年という時間を要したことになります。

ブルーロックの検索トレンド

その後の展開は目覚ましく、2022年以降、アニメ、小説、映画、ゲーム、舞台劇など、様々な領域で成功を収めています。
2023年には1,052万部を売り上げ、講談社作品として15年ぶりに年間漫画販売部数1位を獲得。さらに、ブルーロックのゲームは短期間で1億円の収益を達成するなど、驚異的な成長を見せています。

ブルーロックのカレンダー

成功を必然にする2つの要素

この持続的な成長の背後には、2つの重要な要素があります:

  1. 初期段階での将来の成長に繋がる仕組みの構築

  2. その仕組みが機能し始めた際の効率的な展開戦略

初期段階での仕込み:キャラクター設計の事例

ブルーロックの成功の核心は、初期段階での緻密なキャラクター設計にあります。凪、玲王、蜂楽、凛、冴など、どのキャラクターも主人公として単独のストーリーを展開できるほどの深みを持っています。これは「主人公感」という成功要素を単なる概念ではなく、具体的なキャラクター性と世界観として実装した結果です。

このような丁寧な初期設計があったからこそ、アニメ放送後に検索数が急増した際、金城が最も気に入っているキャラクターである凪誠士郎の外伝「エピソード凪」をスムーズに展開することができました。これは単なるスピンオフではなく、本編に匹敵する魅力を持つ作品として成功を収めています。

エピソード凪の表紙

新規事業への応用:機能設計と展開戦略

この事例は、新規事業における機能設計と展開戦略に重要な示唆を与えています。

初期段階での機能設計

新規事業の初期段階では、必ずしも競合優位性を確立できているわけではありません。むしろ、最初のアーリーアダプターの注目を集められる「新規性」が重要です。しかし、その後のグロースフェーズでは、ターゲットがアーリーアダプターからアーリーマジョリティへと移行します。この段階では新規性だけでは不十分で、使い勝手の良さや十分な機能数が求められます。

そのため、初期段階から将来の機能拡張の方向性を見据えた設計が必要です。これは、ブルーロックが初期からキャラクター設定を綿密に行い、後の展開の可能性を担保していたことと同じ原理です。

効率的な展開戦略

ブルーロックの展開戦略からは、以下の重要な教訓が得られます:

  1. 完璧主義を避ける

    • 金城は最初からすべてのキャラクター設定を100%完成させようとはせず、作画担当のノ村優介に一定の情報を渡し、そこから魅力的なキャラクターを徐々に作り上げていきました。

  2. 段階的な展開

    • 凪と玲王のキャラクターに一定の方向性を与えた後は、いったん本編のストーリーを進行させ、タイミングを見て外伝を展開しました。

  3. 柔軟な協力体制

    • 原作者だけでなく、小説版の執筆者や声優など、多くの協力者の才能を活かしながら、キャラクターの本質は保ちつつ展開を加速させました。

新規事業におけるスピードと品質のバランス

新規事業でもよくある課題として、初期のアイデアが多方面への展開可能性を示唆し、ワクワクが止まらなくなる状況があります。しかし、どの方向性が最も大きな成長をもたらすかは誰にも予測できません。

この状況下で重要なのは:

  1. スピード重視の実行

    • とにかく速やかにプロダクトを市場に出し、ユーザーの反応を見ることが重要です。

  2. 展開の方向性の保持

    • 初期に考えた展開の可能性を念頭に置きながら、兆しが見えた方向に全力で展開する姿勢が必要です。

  3. 効率的な体制づくり

    • スピードを維持しながら品質を担保するには、適切な権限委譲と組織づくりが不可欠です。

ブルーロックが示したように、新規事業の成功は初期の仕込みと、その後の効率的な展開の組み合わせによって実現されます。偶然のように見える成功も、実は緻密な計画と柔軟な実行力の産物なのです。

第三篇:組織篇 「持続的な成長を支える組織づくり」

新規事業が成長フェーズに入ると、必然的に組織の拡大が必要となります。しかし、この段階で多くの企業が直面する課題が、スピードと品質のバランスの維持です。ブルーロックの事例を通じて、持続的な成長を支える組織づくりの要諦を探ってみましょう。

スタートアップの共通課題

スタートアップでよく見られる典型的なシナリオがあります。優れた能力を持つCEOが、スピーディーな展開が求められる段階で仕事を他者に委譲しようとします。しかし、その途端に品質が低下してしまい、結果としてCEOが現場業務から離れられなくなります。そうなると、次のステップに向けた事業戦略を考える時間が取れなくなってしまうのです。

この課題に対して、ブルーロックは興味深い解決策を示しています。

ブルーロックに見る効果的な権限委譲

ブルーロックでは、原作者の金城が中心となりながらも、効果的な権限委譲を実現しています:

  1. 明確な役割分担

    • 原作の核となる部分は金城が担当

    • 各キャラクターのサブストーリーは別のクリエイターが担当

  2. 品質管理の仕組み

    • 例えば、小説「ブルーロック 戦いの前、僕らは」では、金城がプロットを書き、もえぎ桃が文章を担当

    • キャラクター性がずれた場合(例:凛を可愛く描いた場合など)は、金城が修正を入れることでブレを防止

  3. 柔軟な権限移譲

    • ゲームやスピンオフ作品において、キャラクター設定の本質さえ保てていれば、比較的自由な創作を許容

    • この柔軟性が、高速な展開を可能にしている要因の一つ

小説「ブルーロック 戦いの前、僕らは」

新規事業における組織設計の要点

事業責任者の役割
事業責任者は以下の点に注力すべきです:

  1. 市場とKSF(重要成功要因)への深いコミットメント

    • 市場特性の理解と分析

    • その市場における成功の方程式の把握

  2. 成功要因の明確化と共有

    • 例:飲食店における客席回転率

    • 例:ホテル予約サイトにおける在庫数

    • チーム全体に何を重視すべきかを明確に伝達

プロダクトマネージャーの役割
プロダクトマネージャーには以下が求められます:

  1. KSFと成功の方程式の実装

    • 事業責任者から受け取った方針の具体化

    • 効率的な検証の実施

  2. 事業成功要因の解像度向上

    • 実装と検証を通じた仮説の精緻化

    • 市場理解の深化

効果的な組織運営のポイント

役割分担の明確化
事業責任者が製品の「WHAT(何を作るか)」まで定義してしまうケースがありますが、組織の規模やフェーズによって適切なアプローチは変わります。一定規模に達したら、以下の点に注意が必要です:

  1. 各レイヤーの責任範囲の明確化

    • 事業責任者:市場理解と方向性の提示

    • プロダクトマネージャー:具体的な実装と検証

  2. 双方向のフィードバック

    • 上位層からの方向性提示

    • 現場からの市場反応のフィードバック

柔軟性と一貫性のバランス
ブルーロックが示したように、一定の自由度を許容しながらも本質的な部分でブレない組織運営が重要です:

  1. 明確な指針の提示

    • 譲れない核となる部分の定義

    • 許容される変更の範囲の明示

  2. 効率的な修正プロセス

    • 逸脱が生じた際の迅速な修正の仕組み

    • 建設的なフィードバックの文化醸成

まとめ:持続的成長を支える組織の条件

持続的な成長を実現する組織づくりのポイントは以下の3点に集約されます:

  1. 明確な役割分担と責任範囲の設定

  2. 品質を担保しながらのスピーディーな展開

  3. 柔軟性と一貫性のバランスを取る仕組みの構築

これらの要素をうまく組み合わせることで、新規事業の持続的な成長を支える強固な組織基盤を築くことができます。

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