たいようのマーチ
「帰りに、肉まんでも買おうか」
8歳の息子、たいよう(仮名)の診察が終わると私はそう言った。
たいようは「うっ!」と応えて頷く。
たいようには自閉症という障害がある。話すことができなかったり、人とコミュニケーションを取るのが苦手だ。
たいようは近頃、聴覚過敏がひどい。外出時に周りの音にさらされて、辛そうにしているときも多い。
病院を出ると私達はタクシーに乗った。
静かな病院内では、使う必要がなかった防音イヤーマフを、いつでも使えるように私は鞄から取り出す。
途中、いつも利用する薬局の横を通り過ぎると、私はある出来事を思い出した。
その日、風邪気味だったたいようは、薬局内を「うーうー」言いながら動き回っていた。
すると椅子に座っていた女性が急に立ち上がり、私達から1番遠い席に移った。
それはたいようにとっての″言葉″なのだが、他の人からしたら奇声にしか聞こえず、その女性も不安に駆られたのかもしれない。
でもなんだか、たいようを否定されたような気もした。
驚かせてしまって、ごめんなさい。
色々な思いが混ざり合い、そう言えなかった私自身にも、もどかしさが残った。
私達は自宅近くの駅前でタクシーを降りた。
西日に照らされた歩道のすぐ脇には、交通量の多い通りが続き、車の走行音が絶えず響く。
いつものように私がイヤーマフを差し出すと、たいようは手を横に振って「いらない」というそぶりをした。
そして風を切ってずんずん歩いていく。
どこからともなく明るいメロディが流れてきて、たいようの迷いのない足取りはリズムに乗って、行進をしているみたいだった。
ゆけ、ゆけ、たいよう!
進め、進め、たいよう!!
「ほら見て! ぼく、すごいでしょ!」
と言わんばかりにたいようが得意気に笑う。
横断歩道の前で立ち止まったたいようがイヤーマフをほしがった。
私はイヤーマフを手渡すと、たいようにほほ笑む。
つけたい時に、つければいい。
外したい時には、外せばいい。
障害のある人も、ない人も皆、手を取り合い、お互いの良いところを褒め合えますように。
お互いが、お互いのことを知る機会に、もっと恵まれますように。
そう切に願うから、たいようと世間の架け橋に、私はなる。
繋いだ手の、指先から伝わるそのぬくもり。
私はたいようの手を、きゅっと握り返す。
応援しているよ。
信号が変わった。
目の前の道が夕日に向かってまっすぐ伸びている。
そしてまた、一緒に、歩き始める。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?