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キックボクシング7章~妹は~

「気にしないでください、逆恨みです」
「気になるんだけど、まあいいけどさ」
「因みにどこの大学ですか?」
「慶応大学よ。ここから電車で1時間くらいね」
「さっきも思ったんですけど、美奈さんスペック高くないですか?」
「でしょ? あたし中学、高校生の時とかは、誰かより劣っていると思われるのが嫌だったの。だから勉強も運動も誰にも負けないようにしていたの。でも第一志望の東京大学に落ちて、泣いてたら、ある人にね、『もう充分頑張ったんじゃい? 高校三年間気を張り詰めすぎだったと思うよ。もうそこまで気を張り詰めた生活をする必要ないから、泣かないで』って言われてさ、何だか一番じゃなくても周りが認めてくれた気がして、気が楽になったの。大翔くんはさ、何か昔のあたしに似てる気がする。気を張り詰めているわけでは無さそうだけど、焦ってるよね。初日からそんなんだと空回りすることもあるから、休む時はしっかり休む。大事なことだから覚えておいてね」
「焦ってる、か。・・・・・・そうだったかもしれないです。ある約束が引っ掛かってて焦り過ぎていたかもしれないです」
「うん、どんな約束かは分からないけど、格闘技をやるなら慎重さも大事よ。まあ、その辺はアマチュア無敗だし、大翔くんの方が詳しいかもしれないけどね」
 二人はそのまま暫く喋った後、食事を済ませ、ファミレスから出た。
「じゃあね、大翔くん」
「美奈さん、ごちそうさまでした」
 大翔の家は、ここから20分の距離だったので歩いて帰った。スマホを見ると、母親から、『今日帰るの遅くなる。千夏の分のご飯も作ってあげて』と連絡が来ていた。
はぁ、こりゃ千夏怒ってるだろうな。
 歩きながらそんなことを考えていたが、一応大翔は早歩きで帰宅した。
「ただいま~」
 バタン 二階から千夏が降りて来て、顔を膨らませた。
「兄ちゃん遅い! 早くご飯作って!」
「分かったよ」
 21時過ぎているので、手の込んだものは作れない。簡単にオムライスを作ると、リビングでテレビを見ていた千夏に声を掛けた。
「千夏、できたぞ」
「どれどれ、オムライスだ。えへへ、あれ、お母さんの分は?」
「これがお母さんの分だよ。俺は今日食べて来たから」
「ふーん、兄ちゃんは可愛い妹を放っておいて一人で食べて来ちゃう人間になったんですか、そうですかそうですか。誰? 彼女?」
「ちげぇーよ。千夏は明日から中学だろ? それ食ったらすぐ寝ろよ」
「はーい」
 大翔が二階に行こうと歩き出した時、千夏に止められた。
「兄ちゃん」
「何だ?」
「その脚の怪我なに? なんで黙って行こうとしたの?」
 うーむ、今まで俺が怪我しても千夏がそんなに怒ることなかったのに、あの一件から千夏が敏感になっている気がする。
「練習でサンドバッグ蹴ってたら、こうなっただけだ。千夏は気にすること無いからな」
「喧嘩じゃないよね?」
「喧嘩じゃないよ。もう兄ちゃん喧嘩しないから」
「じゃあ千夏に黙って二階に上がって行こうとしたのはなんで、誰かにやられたんじゃないの」
「誰にもやられてないよ。千夏、過敏になり過ぎだぞ。黙っていたのは悪かったよ。でもさ、喧嘩だったら脚だけじゃなくて他のところにも傷がついているはずだろ? ほら、よく見てみろ。どこも怪我してないから」千夏は黙って大翔に近付くと、体をべたべた触り、怪我が無いか確認した。
「分かった。じゃあ、今回の事はお母さんに言わないでおいてあげるから」
「はははっ。ありがとう」大翔はそう言って千夏の頭を撫でると、二階に上がった。
 千夏は本当にいい妹だよ。
 大翔は心の中でそう思った。
「兄ちゃん怪我しすぎなんだよ」千夏は小声でそう言った。
「なんか言ったか~?」
「なんでもありませ~ん!」
 
 次の日

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