人気イマイチ指揮者の技と神髄 序文 『人気イマイチ指揮者が出来上がるまで Part.3』
9. 人気イマイチ指揮者は資料まで少ない
人気イマイチ指揮者の才能は、スター指揮者たちと比べて決して劣るわけではない。
あくまでこれは、すこぶる高いレヴェルでの話なのである。
指揮者というのはそれほど困難な仕事で、世界的に指揮者として活躍している時点でもう奇跡的な成功なのだ。
私がカラヤンらと比較しているのは、あくまで「人気」がイマイチな指揮者であって、三流四流の指揮者について言っているのではない。
ただ、華やかなスター性や神秘的なカリスマが足りなかったとか、ルックスがメディア好みじゃなかったとか、ちょっとした運や巡り合わせで大きなチャンスを掴み損ねたとか、その程度の差なのだろうと思う。
それでも、大器晩成型で頭角を現すのに時間がかかったとか、逆に何かやらかしてキャリアが凋落したとかであれば、サブカル少年少女たちの鉄板ワード、「まーそーゆー時もあるよね~」をお見舞いしてやれば済む話なのだが、どうもこの指揮者たちの場合はオールタイムの雰囲気が濃厚である。
いま存命中の人なんて本来ならまだチャンスがあるはずだが、私が見る所、失礼ながらもう大逆転はなさそうである。
逆に、何を開き直ったか、あえて超ローカル・オケのポストばかり選択しはじめる謎の頑固者までまろび出る始末。
セカンド・チャンスは決して無いわけではない。
老指揮者ギュンター・ヴァントは晩年に突如として神格化されはじめたし、この企画で取り上げる人ではジョルジュ・プレートルも、ライヴ録音が凄いというので晩年急激に評価が上がった人である。
それらはしかし、大器晩成というより、再評価が遅きに失したと言った方が正確で、ライヴ盤が評判になったといっても、カラヤンのベストセラーに匹敵するほど売れまくったわけではない。
人気イマイチ指揮者たちは、メディアの注目度も低い。
インタビュー記事を目にする機会は少ないし、多数の指揮者に取材するような企画本でも、彼らはまずクローズアップされない。
ごく例外的に、70年代後半に勢いのあった若手を取材した『新世代の8人の指揮者』(木村英二訳、音楽之友社)という本には、私が取り上げる予定の指揮者が2人入っている。
しかし著者フィリップ・ハートは、指揮者の選択基準は国際的名声を得ている事と、オケの団員や関係者など仲間内の評価とした上で、「この中の一人は、尊敬する大勢のプロが私に検討するよう勧めなかったらこの本には入れなかったろう」と、身もふたもない事をわざわざ書いている。
取材して本も完成した上でそりゃないだろうと思うが、内6人が当時すでに売れっ子となりつつあった事や、まえがきで一人だけ名前を挙げて賞賛されていない事を考えると、
ここで嫌味を言われているのが必然的に、私が最初に取り上げようとしているアンドルー・デイヴィスである事は明白である。
また、彼らは映像ソフトなどもあまり出ないし、生演奏を聴けるチャンスとなるともっと低い。
この企画で取り上げる指揮者で、私が生演奏を聴いた事がある人はごく一部である。映像も含め、動いている指揮姿自体、見た事の無い人もいる。
今は音盤もあまり売れなくなり(サブスクが業界を席巻するずっと前からだ)、最大手だったメジャー・レーベルまでどんどん統廃合して、業界は非常に苦しい状況である。
まして、人気イマイチ指揮者にとってはなおさらだ。
10. 見かけより質、売れている物より良い物を買おう
できれば、彼らのディスクを買って聴こう。
そしてその素晴らしさを発見しよう。
カラヤンやバーンスタインのディスクなんて、放っておいてもそれなりに売れるし、すでに十分な額を稼いだのだ。
元々売れるものがちょっと盛り下がったり、盛り返したりした所で何になるだろう。
人気イマイチ指揮者たちのディスクが売れ、動きの鈍い在庫が動き出してこそ、現在のクラシック音楽市場への支援、貢献である。
それが、オイル・ショックによる衰退を経ながらも頑張って新譜を出し続けてきた、各レコード・レーベルのレガシーを生かす事になるのだ。
こう強気にぶち上げた私だが、実は彼らのディスクは一部を除き、今や入手できる機会が限られる。
人気イマイチなだけに、廃盤で入手困難になるアルバムが多いのだ。
それに中古ショップやネット・オークションでそれらが売れたとて、儲かるのは中古市場だけだ。
それはもはやクラシック市場とは呼べない。
そもそも、人気イマイチ指揮者のディスクを買うのはリスキーな行為である。
評判やコメントが少ないから参考になるヒントに乏しいし、聴いてみて演奏自体もイマイチだった場合、ネット・オークションでも人気イマイチなため高く売れない。
あとはもうダウンロード音源の売れ行きか、ストリーミングの再生回数でしか、アーティストへの支持を表明する方法はないのかもしれない。
私も振り上げたこぶしを、ゆっくりとごまかしながら下げざるをえないのが現状である。
どう考えても尻すぼみの結論ではあるが、それこそが人気イマイチ指揮者の呪い、いやパワーの凄さなのである。
彼らを支持し、盛り上げようというアマチュア・ライターの意気込みをも尻すぼみにしてしまう強靭なくすぶり力、恐るべしである。
11. 著者がこの企画のメリットを説明し、今後の展開も宣伝します
レコード会社が人気イマイチ指揮者たちをプッシュせず、評論家やライターが彼らについて語らないのであれば、もはやこの空前のSNS時代を追い風にして、私のようなド素人が語りはじめる他ない。
本企画は、皆様がご自分のお財布を守りつつ、人気イマイチ指揮者のプロフィールと、芸風や特色のヒントを得られる、便利なノートでもある。
サブスクに「買う」「買わない」のリスクはないかもしれないが、ビギナーが手探りで試してみるには、クラシックはいささか膨大すぎる世界である。
本稿を読んで、自分が聴いてみたいアーティストかどうか見当を付けるのも有効であろう。今は何でもタイパ重視だし。
もちろん、私とあなたの音楽的好みが一致するとは限らない。
それを言えば、みんなそうである。
プロの評論家もしばしば奇妙なレビューを書くし、人気指揮者の演奏だって評価は割れる。
名盤とされるディスクを激しくけなす利用者レビューは必ずある。
また、クラシックにお詳しい方々にとっても、この企画は有効である。
これらの指揮者について多少でも紙面を割いて書かれた研究書は、(少なくとも日本には)ほぼ皆無だからだ。
「せっかくビギナー向けでもあるのに、王道の人気アーティストを紹介しないのか」とがっかりされた方もいるかもしれないが、それはそれで別途、抜かり無く発表する予定である。
私は人気指揮者を敬遠しているわけではなく、単にカラヤンとバーンスタインが好みでないだけの話なのだ。
ただ、人気指揮者は関連資料も多いため、準備に膨大な時間がかかるのである。
また、私は既存のクラシック入門書やファミリー向けコンサート、TV番組のクラシック企画にも大いに不満を持っており、
自らの理想を反映した、ビギナーの皆様がクラシックを楽しむためのガイダンスを執筆中である。ただしこの私の事なので、完成がいつになるかは全然分からない。
とにもかくにも、人気イマイチ指揮者たちを入口にして、素晴らしいクラシック音楽の世界に少しでもご興味をお持ちいただければ、著者にとっては最高の幸せです。
貴重なお時間を割いて最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。