どう生きるかなんて聞くなよ
死ぬまでそれなりとしか言いようがないよね。
そんなことより、わたしの病が鬱でないことが精神病歴10年ほどにしてようやくわかった。
双極性障害だったらしい。うーんまいったね。人生で1番ショックかもしれない。
確かにずっと学生の時から鬱っぽい時が多かったけど、治ってきちんと働いたり、健康で過ごした時期も沢山あった。思えばただの躁状態の時に上手く行き、そのまま暫く軽躁とフラットを繰り返すようにして寛解に近づき、負荷がかかった時に大きく転落の繰り返しだった。期間もそれなりに当てはまる。
厄介なのは、躁の時がいつなのかが分からないこと。わたしの本性は一体どこなのだろう?
フラットな時は大体何もかもが上手くいってない。可もなく不可もなくで、仕事に結果はついて来なくて、大抵嫌な気持ちになる。部屋は普通に汚いが人は呼べる、遊びに行けるがテンションが爆上がりする訳でもない。酒は美味しい。これが本物のわたしなのか。そう思うと一気に転落して鬱になれるくらいには憂鬱だ。
軽躁なのでテンションが上がり社交的になり、新しいことに挑戦して人脈も広がる。
厄介なのは衝突もそれなりにあること。なにか喧嘩をすると古くからの縁でもバツンと切ってしまう。
貧乏なので金遣いは荒くなりようもない。
きついのは不眠。いろいろな事をやりたくてたまらなくて、夜が短くなれと思う。疲れは取れず、体が悲鳴をあげる。
目を瞑ると映像や音が頭の中で弾けるように湧いてきてどうにも眠れない。
これがわたしの軽躁状態らしい。
正直不眠と目をつぶった時に脳みそが荒ぶるのが無くなれば、わたしの軽躁は8割くらいは「いい事」に近い。これが本当に厄介なのだ。
そして今1番困っているのは薬を試している最中で、体と心がグチャグチャにシェイクされている事だ。
薬が合わなくて水太りし、そのストレスで鬱転したのだ。水をガバガバのみトイレに何度も行くのだが、その度に体重計に乗ってしまう癖がついた。見れば見るほど増えていくのだ。
嫌だなと思うのに乗って現実を知っては落ち込む…の繰り返しだ。これは精神衛生上本当によろしくない。
食事はカリウムを沢山とるようにして、低カロリーなもので腹を満たし「食べているのだ」という自覚を持つようにしているのに、それでも増える。気持ちが悪い。
躁状態は抑えたくないが、薬がなんともバッチリ働いてくれすぎた。どうにも気分が上がらない。フラットから鬱にしかいられない。人がどんどん嫌いになっていく。
4年間お世話になったSNRIをいきなり止められて、離脱症状でしばらくめまいと吐き気とシャンビリで動けず10日ほど廃人になった。
メンタルクリニックに行ってそれらを訴えるのすらもうだるいが、勝手に薬を辞める訳にも行かないので行くしかない。
布団が鉛のように重たい。外はわたしを焦がすかのように暑い。自然に触れていたい。
最近の趣味は釣りになった。釣りはいい。潮、風、魚、何も考えなくていい。糸を垂らして待ってみたり自然と駆け引きしたり、釣れれば食料にもなるのだ。
野に帰る時が来たのかもしれない。
わたしはどう生きるか?
素直に自然に帰りたいと願うよ。
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