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【インサイトコラム】 マーケティング・リサーチの役割

マーケティングとは“市場の創造”リサーチ会社はプロとしての市場の翻訳家であるべき

マーケティングの定義は山ほどありますが、ひと言でいえばマーケティングとは“市場(顧客価値)の創造”です。ですが、製品・コミュニケーション開発、新規事業など、そのコンセプト探索が顧客依存的になり過ぎているように思います。生活者の声に耳を傾けすぎです。

成熟市場は細分化された商品サービスで満たされた状態であり、多くの消費者が自分自身の欲しいものを知覚していません。この充足された状態において顕在化された生活者のニーズをWebなどを通じたアンケート調査で見つけることは難しく、生活者自身が知覚していることは聞き出せてもそれは競合他社も聞き出せてしまうことです。これではみんな同じものをつくることになってしまいます。人間の願望は普遍的ですが企業が“いますぐ欲しい答え”はアンケート調査から端的にでることはないと思っておいたほうが賢明でしょう。

この認識の上で、リサーチ会社の役割は何かといいますと、調査から得られた事実に対してプロとしての翻訳を行い、調査を通じてわかったこと(考察・示唆)を仮説的に用意することだと思っております。この“プロとしての翻訳”、“仮説的に”という部分がリサーチ会社の腕の見せ所であり、リサーチャーという職種に限らず、その営業担当者や実査運用担当者などを含め、それぞれの能力にもとづき、クライアントの課題・案件に対する相談相手になることが我々の仕事の基本姿勢だと考えます。

ミスリードを起こすような翻訳をしてはいけませんが、誰も事前に正解(顧客の真のニーズ)を知っている人はいないわけですから、だからこそ報告会でのナマの議論が必要です。そこで、クライアントの業界常識・知見、クライアントが抱えるマーケティング課題に対する理解を深め、一回の調査でその課題をすべて解決することはできないまでも、気付きを提供することが主な役割だと思います。

そして、報告会とはお客さまの課題の共有の場であり、クライアントとともに仮説をつくりその仮説検証を繰り返していく。そのために選ばれるリサーチ会社となるべきです。

リサーチとは“お客さまを知る技術です” 水口健次氏

話しが少し前後しますが、リサーチとは何か?「それは“お客さまを知る技術”です」。これは水口健次氏のことばです。水口氏は『顧客接点のマーケティング』(日本経済新聞社,1989)の中で、

・「需要は消費者が決めるものではない」
・「産業が用意したものの中から、自分にぴったりのものを選択できるだけなのである」

と述べておられます。

同著の中で知覚されないニーズが市場化された例としてCDプレーヤー、コンパクト洗剤、コンビニエンス・ストア、宅配便などを挙げておられ、

・「これらの背後に顧客ニーズがなかったわけではない。しかし、むしろ産業側の提案があってはじめて、顧客反応が爆発的に発現されたと考えるべきである」
・「発見したときに潜在していた願望が需要に転化したのである」

と述べておられます。

なるほど、と思います。現在のように町中(特に都心部)におにぎりとコーヒーが定番として売られている状況を誰が想像できたでしょうか。超・高齢化社会に突入していく日本においては “コンビニエンス(利便性)”というベネフィットは根源的でありますから、今後も産業側からの提案によって需要が顕在化していくのは間違いないでしょう。

ですが、調査から次ぎにどんなコトを付与すればいいのかの答えはなかなか出てきません。少なくとも“こんなコトがあれば欲しい”とは言っていただけますが、“だけど、その価格ならそれほど欲しいとは思わない。いまで十分”という結果が得られるだけでしょう。事業として継続的にマネタイズできるものでなければなりませんので、これをクリアするとなると非常に難しいのです。

では、何から始めるべきか。まずは知ること・正しく整理するところから始めるべきだと思います(マーケットを知る活動から始めます)。何の進展も感じさせない手垢のついた表現ですが、もちろん仮説的に整理するということです。そのための事象の捉え方・整理の仕方として諸所のフレームワークがありますが、マーケティング機能を8つのFunctionとして網羅的に整理したのが水口氏の「8Fと5つの基本的関与者構造」です。リサーチは自身を除くこれらの機能と5人の関与者を理解するための手段なのです。色々な調査手法や分析手法がありますが、事象の捉え方やものの考え方、世間を見る感覚があってこそ調査のFindings(発見)が生まれ、考察・示唆へとつながっていきます。

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水口氏は『固有名詞のマーケティング』(蒼林社出版,1986年)でリサーチ・マネジャーは「事実を正しく認識する科学的な追求力」と「課題解決の機会をねらう事業家的な探索力」という「2つの矛盾する能力」を持っていなければならないとしております。この2つの能力を持って8つの機能とプレーヤーの事象を理解・整理することを目指さねばならないと思います。

変わるもの/変わらないもの

リサーチは“お客さまを知る技術”であり、“市場に対するアプローチそのものではない”(水口氏)、それはお客さまの課題を解決するためにあります。課題といってもマーケティング活動の目的があり、そのための戦略・戦術がありますので、課題にも図表2のような階層があります。会社全体から本部へ、本部から部へ、部から課へと、最後は個人レベルになりますが、どういった使命を持った組織・チーム・個人の課題であるのかを認識し、その調査の目的と調査で明らかにできることを調査課題として設定することになります。たまに調査企画の表紙に会社名だけが記載され、部署や課が書かれていないものを見ることがありますが、これは一体どの階層の誰(部署)のFunction課題に対する調査企画なのか?と思ってしまいます。最近では、リサーチ会社が扱うデータも増えており(図表3)、おのずと課題に応えるためのリサーチ領域も広がっています。これまでの経験や蓄積された技術だけで生き延びてはならないと自戒の念も込めてそう思います。また、リサーチが装置型産業(リサーチモニターの規模やスペシャルパネルのきめ細かさ、集計ソフト機能、FGIルームやラボの有無などのハードと、営業/実査運用・集計チーム/分析・レポーティングなどの縦割り機能分化された組織が効率よい収益構造を説明する)になって久しいですが、プロの翻訳を諦めたデータサプライヤーに留まってはいけないと思います。リサーチは広告会社とともに、もっともはやく社外に組織された専門業種集団としての事業ですが、現在ではお客さまのほうが各種の情報・1次データを持ち合わせているため、その専門性は何かを問われています。

では、リサーチは不要なのでしょうか?コストなのでしょうか?いいえ、そうではありません。リサーチから一足飛びにiPhoneは生まれませんが、ここまでのデザインは受け入れられないなどのタブーラインを知ることが可能です。広告・プロモーションの良し悪しを峻別し、支払い意思の分岐点を明確にします。そして新規事業開発における意思決定のためのエビデンスになるなどマーケティング活動に根拠を与えます。その根拠から何が言えるのか。次ぎにどうしたらいいのか。根拠ある仮説を持って、クライアントと議論し、気付きを提供する、その役割はリサーチにしかできないはずです。

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