パワハラ会議「正しいとは何か」~近代思想から実存主義まで
問 A~Gにあたる思想家の名前を答えよ。
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「頭を垂れてつくばえ。平伏せよ」
A「も、申し訳ございません。お姿も気配も異なっていらしたので」
「誰がしゃべっていいと言った。貴様のくだらぬ意思でものを言うな。私に聞かれたことにのみ答えよ。私が問いたいのは一つのみ。正しいとは何か」
A「そんなことを俺たちに言われても」
「そんなことを俺たちに言われても、何だ、言ってみろ」
A「これまで絶対的に正しいとされていたキリスト教が完全に否定されたのです。もはや「私は何を知っているか?」と問いながら人間の生き方を思索するしかないではないですか。動いているのは太陽ではなく私たちの方だったのです。しかもその原理も万有の法則によってすべて説明がついてしまいました。神の働きではなかったのです」
「だから何だ。どうしてそれが間違いなく正しいと言えるのか」
B「私は観察や実験が知識の源泉と考えました。しかしそのためには偏見や先入観を排除する必要があります。そうすれば正しく自然をとらえ人間の役に立てるのです。知は力なり、です」
「経験だけが知識の源泉だというのか。ではお前のアタマは何をしている?何の役にも立たぬお飾りだというのだな」
C「私は理性による推論が知識の源泉と考えております。良識はこの世で最も公平に配分されているものです。私たちは情念に左右されずに正しく判断する気高い心を持っております。しかしそのためには出発点となる絶対に正しい真理が必要になります。そこで、少しでも疑わしいものを排除していくによって、疑っている自分は間違いなくここに存在する事に気がついたのです。これを第一原理と名づけました」
「精神と物体を分けて考えるのか。ではお前の身体を痛めつけてやろう。お前の心には何の影響も受けないのだろう。この自然を単なる物体とその運動とみなすというのだからな」
D「お待ちください。私は知識は素材としての経験を、理性に先験的に備わっている形式に従って理性が再構成して成り立つと考えております。認識が対象に従うのではなく対象が認識に従うのです」
「回りくどいやつだ。お前の言う理性は真偽の判断をするだけなのか」
D「いえいえ、それは理論理性です。道徳的領域で善悪の判断をするのは実践理性です。私たちは自分の意志を自発的に決められます。どのような選択も可能なのに、人間は実践理性をもとに「善を為せ」という道徳法則に自発的に従っているのです。何ものかに隷属しているのではありません。それは条件付きの命令ではなく、無条件の命令であり、「汝の意志の格率がつねに同時に普遍的立法の原理として妥当しうるように行為せよ」ということです。また善を為そうとするいう意志によって自発的に善を行う主体である人格こそ尊重されるべきです。「汝の人格や他のあらゆる人の人格のうちにある人間性をつねに同時に目的として扱いけっして単に手段としてのみ扱わないように行為せよ」ということです。すべての人が互いの人格を目的として尊重する理想の社会が実現すれば素晴らしいではないですか!」
「なぜ私がお前の指図で自分の行動を決めねばならんのだ。はなはだずうずうしい。身の程をわきまえろ。長々としゃべったあげくにそれか。そのためには永遠平和が必要だ。そんなことはこれまでの歴史の中で一度も達成されなかった。まったく不可能だ」
E「そこです。私はそのような歴史を、世界精神が民族や英雄をあやつって弁証法的に自由を実現していく過程だと考えております」
「弁証法?何だ」
E「対立を解消しつつ発展する運動の法則です。すべてはそのように発展していくのです。人間の共同体も三段階で発展していきます。まず人は自然の情愛で結ばれている共同体に属します。しかしそれは否定されます。そして個人が契約に基づいて利益を追求する段階へと進み出ます。しかしこれは「欲望の体系」であり争いが絶えません。そこで最高の共同体であり真の自由が実現する段階が立ち現るのです」
「世界精神だと。そんなものがどこに存在するのだ。フランス革命の後のナポレオンが何をしたか知らぬのか」
F「その通りその通り!こいつら哲学者たちは世界をただ色々に解釈してきたに過ぎない。しかし重要なことは世界を変えることなのです!」
「ほう、お前にはそれができるとでもいうのか」
F「空想的社会主義者たちは確かに立派なことをしたように見えますが、しょせん理屈がない。私は科学的社会主義を考えました。本来、労働は人間の本質であり喜びです。しかし資本主義や機械生産による分業で労働力の商品化が起こり、労働は自分の本質を失って非人間的な状態に陥ってしまいました。そして労働者階級と資本家階級の対立が起きたのです。私は人間の物質的生産が歴史の原動力だと考えました。生産力の増大により生産関係の変革が起き、政治制度・宗教・道徳が動くのです。あらゆる社会の歴史は階級闘争の歴史であるからして、労働者階級の革命は必然、それによって生産手段を社会全体で共有するべきなのです」
「そのような世界は来ない。人間には欲望がある。そうでなければ世の中の発展もない。もうよい。すべての決定権は私にあり、私の言うことは絶対である。お前に拒否する権利はない。私が正しいと言ったことが正しいのだ」
G「はあ、夢見心地でございますぅ。私もそう思っておりました。私にとっての真理であるような真理を、私がそれのために生きることを願い、そしてそれのために死にたいと思うような理念を見いだすことが必要なのですぅ」
「ほう」
G「私は、感覚的享楽を求める美的実存に絶望し、次に道徳的誠実さに生きる倫理的実存を生きようとしましたが、やはり絶望しました。結局、不合理な信仰に生きる宗教的実存にたどり着いたのです。単独者として神の前に立つことで、自己喪失を克服して本来的自己を取り戻しましたぁ」
「気に入った。私の血をふんだんに分けてやろう」
(了)
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