再びここに~定時制で学ぶ生徒たちへ~
64歳になる今年度、幸い母校で病休代替講師として働けることになった。10年勤めた全日制から定時制への横滑りで異動距離は最短。4月、初めて生徒たちの前に立ち転任挨拶をした時のことが強く印象に残っている。48年前、私はそこに座っていた。私は君たちだった。
あの日の朝、中3だった私の名前は高校の合格発表掲示板にはなかった。やはり、と思っていたら突然、隣りにいた友人が「お前、名前あるで!」と叫んだ。確かに。そこは定時制の合格者欄だった。合否線上にいた私は、不合格だったら第二志望で定時制に入りもう一度全日制を受け直そう、と決めていたのだった。
入学式の翌日、いきなり対面式で新入生代表として在校生に挨拶をするように先生に言われたのには面食らった。急にそんなことを言われたって。こんな風に言いなさい、と入場直前に先生に指示された言葉をあわあわと緊張しながらなぞって迫力ある先輩たちに礼をした。こうして定時制での生活が始まった。
一日のリズムを作るためもあって午前中はパン工場で働いた。朝、タイムカードを打って作業服に着替え、ベルトコンベアにとっつく。分業で、あんパン生地の表面に穴を空けたりゴマをスタンプしたり卵液を塗ったり。それらを鉄板に並べたらラックに入れて発酵室へ運ぶ。続いて食パンケースを油で拭く作業だ。釜から出たばかりの焼けた鉄の三連ケースが金属ローラーでガラガラと送られてくる。それを分厚いミトンで次々と受け止め、でかいハタキのようなもので内側に油を黙々と塗っていく。熱い。小さな火傷は当たり前、あまりの熱気に真夏には体調を崩したこともあった。休憩時間に工場の暗い天井を見上げて、もし来年も合格せずこのままここで働き続けることになったら、と強い不安に襲われたりした。昼に仕事を終えてタイムカードを打つ。帰り際、社員向け販売コーナーでパンをいくつか買って帰るのがささやかな楽しみだった。ひ弱ながら模擬試験がある日以外は休まず働いていたら工場長さんが「毎日休まんとようがんばってくれてありがとうな。時給上げたげるけんな」といって時給を220円から240円に上げてくれた。信用って大事なんだ、と教えられた。
午後からは自宅で勉強、夕方に登校。下校する全日制の同級生たちとは正直あまり顔を合わせたくなかった。クラスの仲間は年齢も出身も多様。中学の同級生もいた。絵のセンスが抜群で、とても優しかったのを覚えている。年長の女性や私と同じ中学浪人の生徒もいた。次第に仲間と打ち解けていく内に、県外からやってきたM君と仲良くなった。下宿に遊びに行ってステレオを聴かせてもらったり、みんなで焼肉を食べに行ったりした。実は焼肉屋に入ったのはそれが初めて。なんて贅沢な、と思ったものだ。授業が終わってから教室でギターを弾いたりバカ話をしたりしたのがとても楽しかった。一日の内で自分には仲間がいると思える貴重な時間だった。色々な思い出がある。まあ正直なところ品行方正とは言いがたかったようにも思う。授業は初学者向けのものから文字通り高校生レベルのものまであり、それなりに興味深く、何とか成績は一番で通せた。
10月、受験に専念するためにパン工場をやめた。工場長さんが励ましてくれたことをよく覚えている。それからは図書館で勉強したり父の工場を手伝ったりして受験に備えた。勉強に飽きたら腕立て伏せや腹筋などをして気を紛らわせた。筋肉はついたが中々思い通りには学力が上がらないまま入試本番を迎えた。
全日制への編入試験という形ながらつまりは一般入試と同じ。浪人生は他の受験生の最後で受験番号は628番だった。編入試験の合否は教頭先生から口頭で伝えられる。指定の時間に職員室へ。おもむろに教頭先生が口を開いた。「おめでとう。合格だったよ。よくがんばったね」心底うれしかった。
4月から始まった全日制の生活には実は正直、少しなじみにくかった。たった一歳の違いをつい意識してしまう。音楽部に入ってやっと仲間ができたような気がした。
大学受験に向けての苦しい3年間をくぐり抜けて卒業式に臨んだ時、私は再びあの懐かしい仲間たちと再会した。式場に定時制の卒業生たちが入場してきたのだ。ああ、あの時の仲間たちだ。あいつもいる。あの人も。一緒に卒業できるんだ。よかった。私は式直前のわずかな休憩時間に急いで彼らの席に駆け寄った。みんな私のことを覚えてくれていて、ともに卒業を祝いあった。卒業おめでとう。あの時のことを忘れていないよ。ありがとう。みんなのおかげで辛い時期を乗り越えられた。本当にありがとう。残念ながら途中でいなくなってしまった仲間もいるようだ。それでも、こうやってともに卒業を祝いあえる。本当にうれしい。お互いによくがんばったな。卒業おめでとう。おめでとう。
交流も途絶えた今となっては、もはや彼らがどこでどう暮らしているのか分からない。どこかの空の下で元気で幸せに暮らしていてほしい。私が今、曲がりなりにも人として暮らせているのは定時制でのあの一年間があったからだ。
今ここで何とか自分の人生を切り開こうとしている皆さんへ。定時制で学ぶことには生涯を通じて輝く素晴らしい価値があります。私が証人です。卒業おめでとう。行く道に幸あれかし。