ノベルゲームを作ろうと思ったら15年かかった話【第6話】制作編② 企画を立てる〜Nscripter版「アカイロマンション」に着手〜
これは、サウンドノベルの持つ魅力に取り憑かれ、「自分でもノベルゲームを作ってみたい」という思いを抱き、終わりのないゲーム制作に足を踏み入れた1人の個人ゲーム制作者の物語である。
Nscripter(エヌスクリプター)を使って人生初のノベルゲーム制作を計画し始めた落柿(らくし)。落柿の脳内では夢が無限に広がっていった。
「さぁ、まずはジャンル決めだよな。やっぱり憧れは〝かまいたちの夜〟のような推理モノ。ああ〜我孫子さん! っていうかいい加減チュンソフトはサウンドノベルの新作出して欲しいんですけど!?」
おっと。企画を立てるつもりがうっかり別ベクトルにエキサイトしてしまった。いけないいけない。えっと何だっけ。そうそう、推理モノのサウンドノベルの企画について考えてたんだっけな。
「かまいたちの夜」の回でも書いたが、落柿はミステリ好きである。
小説だけでなくミステリには色々触れてきた。「古畑任三郎」はリアタイ世代だし、「金田一少年の事件簿」も友人に単行本を借りてハマり、途中から週刊少年マガジンを買ってまで読んでいた。
またジャンプ系だったら「人形草紙あやつり左近」だって「少年探偵Q」だって何なら「僕は少年探偵ダン」まで読破してきた。
このミステリ愛があれば推理系ノベルゲームのシナリオを書くなぞ恐るるに足らず……!!
…………。
…………。
…………。
なわけねーーーーーーだろが!!!
だいたい、その愛したミステリのトリックを見破ったことがいったい何回あったんだい……? あんたはただ漫然と読んで「すげー!」とか「面白ー!」とかはしゃいでただけじゃないのかい……?
「……うぐぐ」
脳内のもう1人の自分の厳しい追及に落柿はうめいた。
で、でもゼロじゃない! ゼロじゃないもん! 古畑任三郎なら将棋の回と歯科医の回はわかってたもん! あやつり左近だってさすがにあの電話のトリックは気づいてたもん……ううう。我ながら反論の根拠が弱すぎる。
それに。推理界隈にはものすごく頭の冴える古今東西のミステリに精通している考察班っていうのがいるんだろ? だからひぐらしだってミステリかミステリじゃないか論争が巻き起こったし、「うみねこの鳴く頃に」も新エピソードが出れば某掲示板で考察出尽くしてたし(真相が気になりすぎて落柿もリアルタイムで見ていたのである)、青山剛昌先生だって阿笠博士犯人説を公式で否定しなきゃいけなくなるんだろ?
ううう。駄目だ。到底ミステリで戦える気がしない。だけどチュンソフトのサウンドノベルをリスペクトしてノベルゲームを作るという野望は捨てたくない。せっかくNscripterや吉里吉里のようなツールが登場し、誰でもノベルゲームが作れる時代になったんだ。自分のできる範囲でなんとか挑戦してみたい……!
落柿は考えた。純粋なミステリは難しくても何か要素を足したらどうだろう? そうだ、自分は「弟切草」も好きなのだからジャンルはホラーにして分岐形式やバッドエンドのあるマルチエンディングは「かまいたちの夜」を踏襲する。ホラーとミステリを混ぜれば怪異的な怖さと人の怖さも両方やれるんじゃないか。
「…………」
うん。何かいけそうな気がしてきた! あとはどんな内容にするかだが……。
「せっかくノベルゲームを作るんだ。小説では表現しきれないものが理想だよな。とすると……」
落柿は常々思っていたことがあった。
ミステリというジャンルではとかくトリックや様式美が重視されがちで、特に被害者はただの死体役というか事件の「駒」として扱われることが多い。事情が掘り下げられたとしてもせいぜい犯人止まりである(よっぽどの社会派ミステリになればまた話は別だが)。
それはスプラッタ系のホラーも同じだ。怪異に追い回されてブチ殺されるカップルに細かな人物造形は与えられていない。それはもちろん物語の進行上当然のことではあるが……小説とは違い、本筋とは別にシナリオを展開できる「ノベルゲーム」なら登場人物ひとりひとりの掘り下げを行えるのではないか?
「なんかまとまってきたぞ……」
「弟切草」をリスペクトしてジャンルはホラー。分岐によっては推理できたりサバイバル・ゲーム展開になる「かまいたちの夜」要素も入れる。そしてメインシナリオをクリアした後はそれぞれの登場人物視点のサブシナリオを遊べるようにする。
「そしてそのサブシナリオで群像劇をやる! この参考元はもちろん「街」だぁぁぁぁぁぁぁ!!」
これなら、1本でチュンソフトの伝説のサウンドノベル三部作を一度にリスペクトできるじゃないか! 完璧だ!!
「そうと決まればっ……と」
落柿は完成に必要なシナリオを書き出した。
まずメインシナリオとなるホラー編。これは「かまいたちの夜」を参考にし、早期解決ルート、通常解決ルート、そこそこ犠牲者出るけどなんとか解決ルート。あとはもろちん「大阪就職エンド」的な笑いも入れたいところだ。
そしてサブシナリオ。これは「街」を参考にするから甘辛のバランスもそのぐらいでいいだろう。「隆史シナリオ」「市川シナリオ」ぐらい暗いのを2本。「美子シナリオ」「陽平シナリオ」みたいなコメディを2本。あとはまあ、その時々で考えていけばいいか。
あとはそれらをすべてクリアしたおまけとして「スパイ編」「悪霊編」みたいなぶっ飛んだシナリオも入れたいところだ。いっそおまけ的なサブシナリオは「かまいたちの夜2」ぐらいジャンルに振れ幅があっても面白いかもしれない。
舞台は、まさか雪山の山荘に行くわけにもいかないから、身近なところを舞台にしよう。そうだ、今住んでいるマンションでどうだ? クローズド・サークルものにすれば素材も少なくて済むし、怪異によって閉ざされたマンションで起こる惨劇とそこに住む住民たちの物語っていうのはどうだろう。
よし! 決まった! これで行く!!
こうして落柿は熱い思いのままに初めてのノベルゲーム「アカイロマンション」の制作を始めたのだった。
…………。
…………。
…………。
そもそものサウンドノベル「街」がシナリオの構想に5年もの歳月を費やしていたということを落柿が知るのは、10年以上も後のことである……。
そんな落柿が15年かけて完成させたゲームはこちら。
steam版6月14日(金)リリース決定!
windows/Macどちらでも遊べます。