ノベルゲームを作ろうと思ったら15年かかった話【第11話】制作編⑦〜とかく浮世は音と酒〜BGM担当者との出会い
これは、サウンドノベルの持つ魅力に取り憑かれ、「自分でもノベルゲームを作ってみたい」という思いを抱き、終わりのないゲーム制作に足を踏み入れた1人の個人ゲーム制作者の物語である。
Nscripterで人生初のノベルゲーム作りをスタートさせた落柿(らくし)。BGMをどうしようか? と考えた落柿は夜の街に飛び出した。
大阪ミナミ・道頓堀。大阪を来訪したことがない人にとっては、通天閣と並んで大阪といえばここ! というコッテコテのナニワ感あふれる場所。
そこを抜け、宗右衛門町(そえもんちょう)へ。
宗右衛門町は無料案内所が立ち並ぶ、東京における歌舞伎町のような場所。
キャバクラ、ホストクラブ、風俗店のネオンがギラッギラ輝く街並みを歩く。落柿が入っていったのは1軒の雑居ビル。階段を上がり、二階へ。会員制バーを思わせるドアを開けて中に入る。
「まいど!」
カウンター席といくつかのテーブル席。ベルベット調の布張りの椅子に、
暗めの照明。その内装は昭和のスナックを思わせるが、そこはスナックではない。店の奥にあるのはカラオケセットではなくステージ。
落柿が意気揚々と足を踏み入れたのはライブバー・K。
主に弾き語りを主としたインディーズミュージシャンたちが集う、酒と音を嗜む場。
何を隠そう、この頃の落柿の趣味はライブハウス・ライブバー巡りだった。
特にこの時期はバンドより弾き語りのミュージシャンを好んで聴いていた。
音とともに歌詞もじっくり楽しみたい派の落柿には、アコースティックギターやピアノの音と歌声のみで表現される弾き語りというスタイルは自分の好みにピッタリ合っていたのだ。
またほとんどの弾き語りミュージシャンたちは作詞・作曲を自分で手がけているため、その世界観をダイレクトに感じられるのも魅力だった。
またこういった小バコでは演者と客の距離が非常に近い。演者も自分の出番が終われば客側に回って演奏を楽しむ。
落柿は「良い」と思ったミュージシャンがいれば、積極的に話しかけ、「良い」「あの曲が良かった」「次のライブ情報をくれ」とダイレクトアタックをかましていた。
ミュージシャンやその曲との出会いは一期一会。抱いた感想や情熱はその場で伝えておくのが良いような気がしていたのだ。
このライブバー・Kは常連の多い場所で、そうやって話しかけては知り合いになったミュージシャンと偶然顔を合わせることも多かった。そこで落柿は何人かのミュージシャンにノベルゲームを作っていること、そのBGMを作ってくれないかと声をかけてみた。
「興味あります。自分も昔、小説書いてたりもしてたんで」
食いついてきてくれたうちの1人が、後に「アカイロマンション」でキャラクターBGM・音量調整その他を担当することになる木木氏だった。
木木氏は落柿がよく聴きに行っていたミュージシャンの友人だった。本人も弾き語りミュージシャンらしいが、このとき落柿はまだ彼のライブを見たことがなかった。
そんな彼と話し込んでみる。すると木木氏はチュンソフトのサウンドノベルこそ経ていないが、「月姫」の『TYPE-MOON』のファンで、ノベルゲームの他にラノベも好きだという話だった。
「どんなの書いてるか読ませてくださいよ」
「わかった」
家に帰った落柿は、木木氏が次にいつ店にくるかを確認し、「アカイロマンション」の原稿をプリントアウトした。
当時書き上がっていたのはホラー編の序盤、第1の犠牲者が出た後、怪異の謎の調査に乗り出すところまでだ。
「ここまででも割と分量あるんだよな……。『読ませて』とは言ってたけど社交辞令かもしれないし迷惑か? それに知り合って間もない人にいきなり作品読ませるのもぶっちゃけ恥ずかしいんだが?」
いや。本当に読むかどうかは向こうが決めること。とりあえず持っていくだけは持っていこう!
ドン!
「持ってきた」
「読んでみますね」
店で落柿が渡したプリントアウト原稿を木木氏は笑顔で受け取った。
まあシナリオが完成するのはまだ先になるだろうし、時間があるときにでも読んでゆっくり考えてくれたらよいか、ぐらいの気持ちだった。
「あ、ども」
「どうも」
木木氏とは、すぐにまたライブバー・Kで顔を合わせた。お互い別のミュージシャンのライブを観に来ていたときだった。終演後、木木氏は言った。
「そういえばあれ、読みましたよ」
「え?」
「原稿。全部読みました」
「ぜ……全部……読んだ? あれを?」
「はい」
え?? 落柿は混乱した。
原稿を渡してから半月も経っていないのに? この短期間で全部読んだ? マジで? けっこう分量あったと思うけど?
ちょっと引いた衝撃を受けた。渡したの自分だけど。
「面白かったです。打ち込みもできますし、BGM、作りますよ!」
渡した原稿を取り出し、目をキラキラさせて言う木木氏。
そこにはアンダーラインやメモ書きすらしてあるではないか!
こ、この男、ガチだ!! 本当に全部読んだんだ!!
社交辞令じゃなかった。というか社交辞令とか言わないタイプの人間だ!
そしてとっても、ノリがいい!!
「……わかった。じゃあお願いします」
こうして落柿は音楽担当者用にゲームの企画書とBGMの発注書を作り始めた。木木氏とさらにもう1人、参加を表明してくれたミュージシャンとその後もライブバー・Kで打ち合わせを重ねていった。
まさかその後10年近くも木木氏を待たせることになるとは思いもせずに……。
そんな落柿が15年かかって作ったゲームがこちら。
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