ノベルゲームを作ろうと思ったら15年かかった話・【第2話】制作前夜②「かまいたちの夜」〜あなたのせいで、ストックで刺される〜
これは、サウンドノベルの持つ魅力に取り憑かれ、「自分でもノベルゲームを作ってみたい」という思いを抱き、終わりのないゲーム制作に足を踏み入れた1人の個人ゲーム制作者の物語である。
「弟切草」ショックから2年後。
1994年11月25日に柿兄はとあるゲームソフトを持って落柿(らくし)の部屋をノックした。
「買ってきたぞ! かまいたちの夜!!」
「やったぁぁぁぁぁぁ!! やろうやろう、すぐやろう今やろう!」
落柿のテンションは高い。「弟切草」 初見のときとはえらい違いである。それもそのはず、初のサウンドノベルである「弟切草」はこの落柿きょうだいを始め、全国津々浦々のゲームファンを魅了した。
特にADV(アドベンチャーゲーム)好きのゲームファンは特に熱狂したのではないだろうか。かくいう落柿もイラストと文字、コマンド選択式で物語を進められるADVは大好物だった。
ファミコンの代表作「ポートピア連続殺人事件」「オホーツクに消ゆ」「ファミコン探偵倶楽部(Ⅰ&Ⅱ)」「新宿中央公園殺人事件」などは一通り遊んだ。
ミステリー以外でも「ふぁみこん昔話シリーズ」「中山美穂のトキメキハイスクール」「タイムツイスト」「シャドウゲイト」なども遊んだ。
そのADV好き界隈にビッグウェーブを巻き起こしたあのサウンドノベルの第2弾が発売されるというのだ。落柿きょうだいはワクワクしながら毎週購読している週刊ファミ通でそのゲームの情報をチェックし発売日を心待ちにしていた。
兄が買ってきたソフトを恭しく受け取る落柿。思わず口元がゆるむ。しかも今回のジャンルはミステリだ。前話でも書いたが、ミステリというジャンルは読書体験においてこのきょうだいを繋ぐ数少ない共通項なのである。
そもそも落柿のミステリ好きは兄が図書室で借りてきた「名探偵・明智小五郎シリーズ」を読んだのがきっかけだ。そこから2人で図書室からシリーズ本を借りまくり、全シリーズ制覇するまで読み漁ったものだ。当時小学生だった落柿きょうだいには江戸川区乱歩の描く刺激的なストーリーとどこか退廃的なその世界観に魅了された。
その後はあかね書房の「少年少女世界推理文学全集」、読む物がなくなると母親が買っていた赤川次郎に手を出し始め、かの有名な三毛猫ホームズシリーズにどハマり……というように落柿のミステリ読書体験は続いていった。
そのミステリがサウンドノベル化! これが面白くないわけがない!
落柿は興奮を抑えきれなかった。しかしただひとつ、この新作のサウンドノベルに対して落柿は懐疑的な部分があった。
「でもさー、これ人物のシルエットがあるんだよね?」
落柿はぶつぶつと不満をもらした。
「なんかそういう記号的な表現って冷めるっていうか、『弟切草』は文章に背景だったから想像力がかき立てられて良かったんだけどなぁ……」
などと思いつつもスーパーファミコンのスイッチオン!
とにかくやってみないことには始まらない。
今作の舞台は雪山のペンション。主人公とヒロインがスキーをしているシーンから物語は始まった。これはチュンソフトのサウンドノベルのテンプレなのか? 前作と違うところは主人公・ヒロインともに名前入力が可能になっているところだった。
2人はヒロインの叔父さん夫婦の経営するペンションへ。そこで出会う様々な人々……。気さくなバイトのおねーさん、長髪のバイトのおにーさん、OL3人組、大阪から来た恰幅のよい社長とその妻、ヤクザ風のコートの男、ヒゲボッサボサの長身カメラマン。
ゲームスタートから十数分後。
「選択肢! 『あなた、ヤクザですか?』ってアハハハハハ!! 選ぼう! これ選ぼう!」
「ここは『ガチョーン』一択でしょ!」
「わはは! この香山さんっておっさん演歌みたいなBGM背負ってるよ面白れぇーーー!」
落柿きょうだいは、すっかり物語世界にのめりこんでいた。まだ事件も起こっていないのに。
おい待て。ちょっと待て。兄はいい。だが、さっきまで人物のシルエットは想像力を損なう。的なことお前は言ってなかったか?
はぁ?
数多く登場する人物のデータを忘れがちなミステリにおいて、視覚的な情報からそれを補完し、だが影で留めることによって想像力を妨げない。控えめに言ってシルエット最高やろがい!!!(ええ……)
前回に引き続き、またも落柿は盛大にてのひらを返した。てのひらどころかちゃぶ台くらいひっくり返した。でも仕方ないのである。だって面白いもんは面白い。
そして現れる、脳に焼き付くあのフレーズ。
「こんや、12じ、だれかがしぬ」
そして本当に現れた死体。ペンションの一同はパニックだ。落柿きょうだいのボルテージもあがっていく。 不吉に鳴く猫のジェニー。発見された第2の被害者、そして鳴り響くチャイムの音……。
はい、もちろん行きましたよ。サバイバルゲーム!
人が次々死ぬよ! 誰が殺したの? 怖いよ! わからないままバッタバタ死ぬよ! 怖いよ?
そして……
「人殺し!」
ズシャッ……
……………………ヒロインに、殺された。
スキーのストックで喉を、突き殺された。
え。なにこれ最悪のバッドエンドなんですけど?
え。えええ? ま、まあ落ち着け。これはサウンドノベルだ。
選択肢を間違えたのだ。今作からは章ごとにやり直すことができる。少し戻ってもう1回……
「人殺し!」
ズシャッ……
もう1回……
「人殺し!」
ズシャッ……
今度こそ……
「きゃあああああ!!」
ドシャッ……
いっけね、今度はヒロインを殺しちゃった☆ミ
じゃなくて!!
クッソ難しいじゃねぇかああああああ「かまいたちの夜」!!
犯人はさあ……犯人はもう……わかっているのに!! 犯人は……ヤス!
推理だ! 推理せよ、柿たちよ!
ミステリを愛するきょうだいたちよ、「かまいたちの夜」を攻略せよ!
「バナナで釘を……」の選択肢を選んでる場合じゃねぇぞ!
……とはいえ。落柿はミステリ好きといっても、作者からの挑戦状のページがあればノー推理で次のページを秒でめくる、そんな人物なのである(だってほら……早く結末知りたいし……)。そんな人物がいくらミステリの読書体験を重ねたとて推理力が身についているはずもない。
そしてこの「かまいたちの夜」の難しさは、
主人公の思考≠プレイヤーの思考
なところにある。
こちらが「この選択肢を選んだらこう進むだろう」と思って選んでも、その間に主人公の主観が1回挟まれる。こちらの意図した通りに進んでくれるとは限らないのだ。御し難し、推理系サウンドノベル!! だが、それがいい!!
こうしてこの哀れな柿たちはしばらくの間、「かまいたちの夜」の血塗られた世界から出られず彷徨い続けるのであった。
こうして落柿は、またも深いサウンドノベル沼にズブズブとハマり込んでいくのであった。
ちなみにその後、落柿は見えざる殺人鬼に追われてストックで刺され、階段を落ちるという夢を見る。
しゃらくせえガキ多感なお年頃だった落柿はその頃、フロイトとユングの夢診断にハマりかけていたのだが、この明らかにかまいたちの夜をプレイしたから見たであろう夢に「あ、夢見ってけっこう単純なものなんだ」と思い、夢診断熱が冷めていったというのは余談中の余談である。
そんな落柿が15年かけて作ったノベルゲームはこれ。
「サバイバルゲーム」をリスペクトしたエンドもあるよ!
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