お兄さんの焼きそば

思い出の味

お昼ご飯は焼きそばでした。

焼きそばを作っていると、必ず思い出す味があるんです。
皆さんも何か思い出の味はありますか?

私にとって思い出の味は、実家の近くにあったショッピングモールのフードコートで売られていた焼きそばです。

「そのお店の焼きそばが好きだった」とは少し違うかもしれません。

土日と長期休暇の時期だけ働いている、とある店員さんの作る焼きそばが好きでした。年齢は二十歳くらいだったでしょうか。軽くカールがかかった髪の男性だったと思います。

その男性がつくる焼きそばは、薄皮一枚程度の絶妙なバランスで麺の表面に油がまわり、べたつかず、ぱさつかず、弾けるような歯ごたえ。キャベツは甘くシャキシャキした食感。お肉もほんのり香ばしい焼き加減。

300円ほどの焼きそばです。
お肉も2~3切れで、麺も決して高価なものではなかったと思います。
それなのにとても美味しかった。

比べてはいけないのかもしれませんが、同じ材料、同じ設備を使っているのにその方が作るときだけ格段に美味しかったんです。

いつしか、私も兄もすっかり焼きそばの虜になり、ショッピングモールへ行った際は「あのお兄さんの焼きそばが食べたいね」なんて話していました。

お兄さんとのお別れ

お兄さんの焼きそばが好きになって3~4年ほど経ったある日。私が小学校1,2年の頃だったでしょうか。お兄さんの焼きそばを食べることができなくなってしまいます。お兄さんが辞めてしまうと。

「お兄さんの焼きそばがもう食べられない」

たかが焼きそば、されど焼きそば。兄と二人で泣きそうになるほどショックを受けました。

悲しむ私たちを見て、お兄さんは少し寂しそうに
「違うところでお仕事しなきゃいけないんだ。もうここでは働けないんだ」
そんな風に話してくれました。

多分、あのお兄さんは

思い出補正で多少は美化されているかもしれません。
それでも焼きそばを作るたびに思い出すんです。

今になって振り返ると、いろいろなことに気がつきます。

お兄さんの年齢は二十歳ほど、土日と長期休暇の時期だけ働いてことを考えると、おそらく当時は大学生で休日にアルバイトをしていたのではないでしょうか……当時はそこまで考えていませんでした。

大学生だったという推測が当たっていたとすれば、3~4年ほど働いたのちに辞めた理由も見えてきます。おそらく、就職先が決まったからでしょう。今となっては、いとも簡単に想像できることに驚きます。

「違うところでお仕事しなきゃいけない」
年を重ね、あの言葉の意味がようやくわかりました。

もしも、私が高校生や、それ以上の年齢であれば「就職おめでとうございます」と言えたでしょう。

でも、当時小学生だった私たちは理解できずに悲しんでしまった。
さぞかし困らせてしまったのだろうと。

そのお兄さんとは、その後会うことはありませんでした。できることなら、就職のお祝いとおいしい焼きそばのお礼をお伝えしたいですね。

今も時折、兄と「お兄さんの焼きそばおいしかったね」と話しています。私は、そんな風に言ってもらえる仕事をこれまでしてきたのでだろうか。そんなことも考えます。

幼少期に読んだ本も大人になると新たな発見があるといいますが、実際の出来事でもいえるのかもしれません。

そんなことを思いながら、今日もお兄さんの味を超えられなかった焼きそばを食べています。

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らく
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