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4曲目・仮面舞踏会【音楽レビュー】
本日も閲覧ありがとうございます。2月となり、大体10日に1投稿が確立されようとしています。本日は仮面舞踏会のレビューとなります。少年隊じゃなくて、クラシックの方のね。
概要:ゴージャスな重厚感に隠された悲しき物語
バンクーバーオリンピックで浅田真央さんのフィギュアスケートで演奏された曲。英語のタイトルは "Waltz from Masquerade Suite"……強そう。ラグジュアリーで重苦しく、それでいて不気味なを醸し出している。これが大人の世界かと子どもながらに思ったものだ。まあ、実際の大人になってみてもこの音楽のようなきらびやかな世界には非常に縁遠いのだが……。
アラム・イリイチ・ハチャトゥリアン
組曲「仮面舞踏会」ワルツ(1944年)
ハチャトゥリアンというと、有名どころだと剣の舞。キャッチーで一度聞いたら忘れられない情動的な音楽が特徴的。彼は旧ソビエトの音楽家ということになっているが、旧ソビエトの支配下にあったグルジア(現ジョージア)の出身で、音楽はモスクワで学んだとのこと。
仮面舞踏会というとこの曲が独り歩きしているような気もするが、実際は組曲の中の一つ。テーマに沿った小曲の集合体を組曲、英語ではスイートと呼ばれている(甘味を意味するsweetじゃなくて一揃いのという意味のsuite)。もともとは劇音楽として作ったうちの5曲を組曲として編曲し直したものだ。
戯曲としての「仮面舞踏会」は壮大な勘違いから妻を毒殺するという賭博師の悲しき(第三者視点では胸糞な?)お話。作中には二回ほど舞踏会のシーンが描かれている。策謀と疑念に満ちた舞踏会の場面故か、ワルツは貴族社会のキラキラを描くものではない。人々の醜い心の闇を浮かび上がらせながらも、それを覆い隠すほどの雰囲気の重厚さ。一つの真実さえも舞い踊る人々のきらびやかな装束と激しい舞踏に惑わされてしまう。真実が見えずに運命に踊らされているその状態こそが「仮面舞踏会」と言っても差し支えないだろう。
感想:音量とテンポ感の変動が壮大な雰囲気を生み出す
三拍子のズンチャッチャッなリズムに乗って音楽が始まる。ここでアクセントになるのが金管楽器の力強い刻み。これが曲全体にかかるおどろおどろしい雰囲気を醸し出している。序盤はヴァイオリンを始めとする弦楽器が輪唱のように主旋律を辿っている。上昇音型で込み上がる気持ちをどう処理するのかと思いきや、ピーク迎えて今度は下降する。そんな風に上がって下がってを繰り返して、謎の浮遊感に聴衆は襲われることになる。
リズム隊は終始泥の中で歩いているかのように足を引っ張るような演奏をしている。しかし、BPMは意外と早い(指揮者の癖もあるだろうが)。のったりしている音楽の性格の割に急かすようなテンポの差分がちょっとした違和感を生み、それが不気味で掴みどころのない性格を醸成しているのかもしれない。第一印象が怖いと思った人も少なくないはずだ。
中間部。物々しい空気はここで少し軽減する。愉快なワルツのリズムは次第に耳を澄まさなければ聞こえないほどデクレッシェンドしていく。ここで少し会場を抜け出したかのような印象さえある。しばしの一息。ちょっとコミカルなスタッカートもここで登場。ここで終われば楽しいダンスパーティーなのに、曲は再び重苦しい雰囲気に飲み込まれていく。沼にハマるという表現があるが、まさにそんな感じ。舞踏会の会場から抜け出そうにも抜け出せないで、手を引かれながら再び踊りの中に舞い戻っていく。第三者視点で覗き込む聴衆にとっては「もうやめなよぉ……(泣)」とハラハラするような不安定さだ。しかし、踊る当人たちには危機意識はないだろう。そんな描写を思わせるダイナミクスの変化も見事だ。
中世ヨーロッパの(特に貴族階級の)女性はコルセットで身を絞り、それで青白くなった顔が美しいとか言われていたある意味イカれた時代だ。四分少しのワルツだが、もうそれを踊るだけで疲労困憊なはずだ。そんな中世ヨーロッパにおける、人々の物語が生まれる空間。善意だけでは説明のつかない、人々の様々な感情の交錯する舞踏会の中で、最後の一音がフェルマータで奏でられる。「あー疲れたー」という人々の心の声が聞こえてきそうだ。
構成は割と簡単で、メロディーを担当する高音楽器族以外は割と簡単で楽しい。ただ、前述の通りだいぶテンポ感は早めなのでのんびりしていると、流行に乗り遅れた女子のごとく恥ずかしい目を見ることになる。楽器が弾けなくても、踊りを知らなくてもリズムに合わせて体を揺らすだけで舞踏会の雰囲気を味わえる。
今となってはもうこういった曲を作ることはできないだろう。バブル期の活発な日本人のように、出し惜しみなく贅を尽くすことでようやくたどり着ける境地。実は庶民や娼婦も出入りしていたらしい仮面舞踏会。中世ヨーロッパでは、案外そんな贅沢な空気感も日常だったのかもしれない。
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それ、本当に指揮できてるの?でおなじみの指揮者、ユーリ・シモノフによる演奏。だいぶ早いテンポ感は主人公の焦燥感のようにも高揚した人々の心のようにも思える。中間部の指揮者が特に可愛い。
サンクト・ペテルブルグ交響楽団による演奏。映像はないが、こちらは雰囲気の重苦しさとゴージャスな雰囲気とが共存していて非常にきらびやか。怖くない仮面舞踏会を聞きたい人にはこちらをおすすめする。
余談として、仮面は付けてないが舞踏会。こんなきらびやかな場所で踊ってたんだなあというイメージとなれば。
例によって、今回もサムネイルには以下のフリー画像を拝借しました。ありがとうございます。
今回は以上となります。ご拝読、ありがとうございました!