妻と病院から抜け出して久しぶりに太陽の下でコーヒー牛乳とプリンで乾杯したら笑顔になった
病院は患者さんを管理する場所だ。
無機質な真っ白い壁紙と殺風景な部屋。
決められた時間にご飯が配られ、時間が過ぎるとまだ残っていても食器が回収される。
決まった時間にお茶が配られて、夜の9時には電気が消える。
妻は疲れ果てていた。
赤ちゃんが産まれた後待っていたのは授乳訓練だ。
まだ産んでから数日しか経ってない妻は母乳が出始めたりばかりだから、3時間おきにミルクと母乳を頑張って飲ませている。
おかげて赤ちゃんも元気にすくすく育っている。
ただ、3ヶ月くらいはどのお母さんも母乳の出が悪いので、しばらくは母乳とミルクと忙しい授乳ライフが続くのだ。
自分も手伝いたいが、ミルクだけだと今度はおっぱいが腫れ上がり痛くて痛くて。結局母乳も出さないとつらいのだ。
明日でやっと退院だが、妻は昨晩一睡も出来ず、朝から疲れ果てていた。もともと痩せていた妻は、一層げっそりして、目の下も真っ黒なクマが出来ている。
妻はよく頑張っている。
それでも、病院は管理する場所で、医学的に最善の方法を知っているから、妻が少し赤ちゃんの持ち方が悪かったりすると、指導される。
赤ちゃんがお腹いっぱいだろうが、眠かろうが、お母さんが眠かろうが、「次は3時間後ですね!」と元気いっぱいに次来ることを約束させられる。
約束を破ったら悪い親だと思われてしまうんじゃないかと、真面目な妻は3時間おきにミルクをあげに行くが、赤ちゃんは気まぐれだから、ミルクを飲まず、お母さんのおっぱいを咥えたら泣き出し、おっぱいはどんどん作られる母乳でパンパンに腫れてくる。
1時間近くかけてミルクをあげて、3時間後に次のミルクをあげなきゃいけない。
妻は疲れ果てていた。
今日は予定していた手術も無くなって、外来も少なかったから、僕は白衣を脱いで、疲れ果てた妻を連れて売店に行った。
妊娠中我慢していたコーヒー牛乳と、乳腺炎になるかもしれないと我慢していた甘いプリンを買って、2人で病院を抜け出した。
奄美大島の11月はあったかい。半袖で、まだセミが鳴いている。
川の横のコンクリートに座ってコーヒー牛乳で乾杯した。
妻は今まで溜めていた不満を吐き出して、溜めていた涙を流して、太陽の下で久しぶりに笑った。
しばらくして、妻は言った。
「やっぱり病院っておかしいよ。エビデンスとか医学的に正しいってことはわかるよ。でも、お腹も空いてない赤ちゃんに時間だからってミルクを無理やりあげたらそりゃ泣くよ。」
「介護施設もそうだね。決まった時間にお茶が配られて、転ぶと危ないから座っててくださいって言われて、どんどん足腰が弱くなるの。」
「正しい知識はいらない。求めてない。欲しかったのは、頑張らなくて良いよ、適当で良いよって言葉だった。」
本当にそうだ。その通りだ。
病院は何を管理しているんだろう?それで誰が幸せになるんだろうか?
健康でいることと、幸せでいることと、病気ではないこと。
全部似ているようで、少し違う。
妻はコーヒー牛乳を飲み干して「久しぶりに元気出た」と言って病院に戻って行った。
こうして、少しずつ母になるんだな。
僕もコーヒーを飲み干して外来に戻った。
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