一生懸命やるのはそこじゃない。-小手先のコトバ、心から出るコトバ-
最近、お芝居の演出家のインタビュー記事を読んで、
その内容が僕には強く刺さりました。
”人は言葉や歌に自分の経験を重ねる、だから感動する。”
どこかで聞いたその言葉の意味を、身をもって実感できた気がします。
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絵の中の人物に息を吹き込む時、
何が大切だろうか?
叫ぶ絵があればそれに合わせて大声を出せば良い訳ではない。
役者にはこう問いかける。
「君は今、何のために叫んだの?」
その答えが曖昧なときは、それっぽく演じている、場面がそうだからということが多い。
でもそれは"芝居"ではなく、"テクニック"なんだ。
ただ叫ぶのではない。
声を当てるその人物はなぜ叫ぶのか。
それが重要なのである。
負けたくないから、
守りたいものがあるから、
自分を鼓舞する必要があるから...
だから、叫ぶ。
それが分からず、口パクを合わせようとする役者にはこう問いかけてみる。
「君が子供の頃に好きだった作品は、口パクは合ってた?」
答えは大抵、「口パクは見ていませんでした。」となる。
つまり、
一生懸命やるのはそこじゃない。
それでは人を感動させられない。
心を動かすのは、絵に合わせたテクニックではなく、
絵の中の人物に息を吹き込む事なのだと...
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大まかにですが、こういった内容の記事でした。
素人の僕に芝居のことはわかりません。
でもどこか通じるものはありました。
僕の人生経験の1つとして、大学3年の時に週4で3か月間、
企業インターンをした事がありました。
結論から言うとすごく挫折して終わってしまったのですが、
その要因の1つに
"誰かの期待通りになること"
を目指したからではないか、という考えがあります。
僕のしてきた
"誰かの期待に応えようとすること"と
"絵に合わせた口パク"はどこか似ているような気がしたのです。
どちらにしても、
一生懸命やるのはそこじゃない。
それでは人を感動させられない。
自分が何故やるのか。
そこに明確な理由と意思を添える事が必要だったのではないかと思います。
目に見えるものに合わせる事以上に、もっと内側から自分の気持ち、考えを素直に表現できていたら結果は違ったように思います。
どこか惹きつけられる人ってそうやって自分のことをわかっていたり、
表現が嘘くさくない、本音で生きてる人なのかなって思います。
ただ見たのものに反射するのではない。
そこにどんな想いがあって、
それをどのように表現するのかを考えられる人。
それはきっと、自分の人生に自分で息を吹き込める人なのだと思います。
今からでも変われるのなら、そうした人でありたいな。
そんな事を思います。
ライ
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