「村上春樹、河合隼雄に会いにいく」の感想
今日は雨だ、とてもやる気が出ない。たまに「逆に雨が好き」って言う人もいるけど、私がその境地に至ることはないんじゃないかと思う。全日晴れがいい。
今日は何か活動報告もできなさそうなので、本の感想でも。
ちなみに読解力は露ほどもないので、自分的なキーワードを拾って思ったことを書くだけです。
昨日岐阜駅の本屋で買った、「村上春樹、河合隼雄に会いにいく」という本。
現在では亡くなられているが、有名な臨床心理学者の河合先生と小説家の村上春樹さんの対談が収録されている。平成11年に発行されている本だから、読んだことある方もたくさんいらっしゃるだろう。
キーワード①レスポンシビリティー
PTSD(心的外傷後ストレス障害)について、例えば地震があった時にPTSDの症状が顕著にあらわれるのは日本よりもアメリカの方が多いという河合先生のお話。
その理由として、日本は集団や場のレスポンシビリティーだから、何か傷やトラウマを受けても、個人で受け止めずに地域全体や皆という形で受け止めるからであるとのこと。ところが欧米人はあくまで個人のレスポンシビリティーなので、その傷を個人でグッと受け止めて、自分なりに処理しようとして失敗した人がノイローゼなどの症状を呈する。そして、なおかつそれを乗り越えていけるひとが強くなっていく、ということらしい。
だから、自分が受けたストレスや傷を、誰かや何かのせいにして当たり散らすとかじゃなくて、自分で受け止めようとして、うつとか不眠とか体調不良とか精神障害になっている人は、自分が「その傷を受け止められるだけの器がある」人であって、これを乗り越えたら他の人とは段違いに強くなれるんだということを信じていると少しだけでも前向きになれるかもしれないと思う。
キーワード②芸術家は病んでいる人?
私はクリエイターの方々をリスペクトしているのですが、とくにこの本に出てくるような時代や国の病いみたいな、心の叫びみたいなものを普遍的に表現できる芸術家というのは、もう本当に素晴らしいと思う。
キーワード③普遍性をどう生きるかに個性が出てくる
海底へ100メートル潜るという、体力が強いわけでもない普通のおじさんのことや、8000メートル級の山すべてに酸素ボンベなしで登る人の話。河合先生はその2人を例に挙げ、2人とも極限の状態になっているのは同じだけども、片方は山へ行って片方は海に行くと語られます。
ものすごく大事なことは、人によって違う。それが、本に出てきたように、人によっては海に潜ることだったり山に行くことだったりする。1人1人違うのだから、それぞれがオリジナルな生き方になるのが自然だと思う。だから例えば結婚することとか、子供がほしいとか、モテることとか、この会社や学校に入るといいとか、この職業が偉いとか、この趣味は評価されるとか・・・自分以外の人が設けてる基準ってどうでもいいんだよなあ本当はとも思う。まあただ、社会的に全く受け入れられないものは、中々難しいとも思うんだけど。
河合先生と村上春樹さんは、お互いに馬が合う、という内容を語られていましたが、確かに中々巡り会えないレベルのフィット感を感じながら読ませてもらいました。
ちなみに河合先生も人見知りであるというところが、私的にはとても親近感。人見知りでももちろん立派に生きていけるのだ。
以上、感想でした。