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映画『アイズ・ワイド・シャット』 解説&考察 世界を支配してるのは誰? これは本当にただの夫婦の話なのか

スタンリー・キューブリック監督の遺作でたくさんの謎を含んでいる本作。
解説サイトなどでは、
関係が冷えた夫婦が夢の世界で抑圧されていた性的な欲望を発散しようとしているが結局夫はそれが上手くいかず、夫婦関係を良好に保つためにはファックすればいいのよという妻のセリフで締められる。キューブリックの遺言はファックだった!
というよな感じの解説が多くされています。
しかしキューブリックは本当にそんなことを伝えたかっただけなのでしょうか?この映画が本当に伝えたかったことを考察していこうと思います。


スタンリーキューブリック監督作品の特徴

考察の前にキューブリックという映画監督について見ていきます
キューブリックの代表作といえばやはりジャックニコルソン主演のシャイニングでしょう。
シャイニングも非常に有名ですが肝心のストーリについてはよく分からないとされている少し難解な映画になっていると思います。
しかし映画に出てきたホテルの装飾品や登場人物などのセリフなどを手掛かりに考えると、あのホテルはインディアンによって呪われていたという説明が出来るのです。詳しくはこちらの記事をご覧ください。

この記事から分かるようにキューブリック映画は、ただ単純にストーリーを表面的に追うだけでは本当の意味が分からないように作っているのです。

そしてもう一つの特徴が既存の権力や体制を批判したような作品が多いということです
このシャイニングというホラー映画でもアメリカという国家を建国するために犠牲になったインディアンを呪いの発生源にすることで、アメリカという既存の体制を皮肉めいて表現していますし、時計じかけのオレンジや博士の異常な愛情なんかはまさしく国家や大きな権力というものを皮肉った作品です。
そんな作品ばかり撮ってきたキューブリックが本当に夫婦関係が良好になる秘訣を伝えるだけの映画をわざわざ撮るでしょうか?
キューブリックは本作の試写会直後に亡くなっているので真意は闇の中なのですが、本作の様々な要素を考えるとやはりこの作品でもキューブリックは既存の権力や体制を批判していたのではないかと私は感じております。

本作のテーマ

ビルとアリス

本作を読み解く上で非常に重要になってくるのが登場人物たちの名前です。原作は20世紀初頭に書かれたシュニッツラーの「夢小説」なのですが登場人物の名前や時代設定や舞台となる場所は全てキューブリックにより変更されています。そしてこの名前の変更にはちゃんとした理由があるのです。

主人公のビルは英語で書くとBillでこの単語には紙幣という意味があります。
実際主人公のビルは開業医で非常に裕福な生活を送っており、彼はあらゆる場面で大金を惜しみなくばら撒いて人を自分が望むように動かしています。妻のアリスという名前は日本でも有名な「鏡の国のアリス」から取られています。
この小説は日本でも有名なのですが、鏡の中の世界を想像していたアリスが実際に鏡の中の世界に迷い込んでしまうというお話です。
本作でも鏡の中を覗き込むアリスのシーンが何回か挿入されています。
パッケージで有名な写真もアリスだけが鏡の中を覗いているシーンから取られていますね。

鏡の国のアリス

本作でもこの夫婦は鏡の国のアリスのように浮世離れした世界へと迷い込んでしまいます。そして映像をよく見ると現実ではあり得ないようなことが何回か起こっています。
この映画で描かれていることは現実で起きていることなのか、夫婦が見ている夢なのか、その境目はどこなのか、全てはっきりと描かれていないのです。

虹のふもとへ

映画冒頭に主人公夫婦が向かったジグラーのパーティーにてビルは二人の女性モデルと談笑します。女性二人に連れられているビルが「どこに向かっているんだい?」と聞くと「虹のふもとへ」と答えます。
この「虹のふもとへ」の英語のセリフは(where the rainbow ends)というセリフで、これは英語圏では有名なフレーズのA pot of gold at the end of the rainbow(虹のふもとには大金が入った壺が)が元ネタとなっていて、「虹のふもとへ」というフレーズは富や名声などの人が追い求める大きな夢や目標へ向かうということを暗示しているのです。

そしてこの虹は映画内で何度も繰り返し登場します。一番良く出てくるものはクリスマスツリーに付いている色とりどりの電飾やニューヨークの街並みに取り付けられている電飾などで、ほぼすべての場面で色とりどりの電飾が登場します。

さらに分かりやすいのはビルが秘密のパーティーに忍び込むために訪れる貸衣装店の名前がRainbowになっています

Rainbow

そしてrainbowの元ネタとなっているのがover the rainbowの歌で有名な「オズの魔法使い」です。オズの魔法使いでも主人公ゲイルが今よりもより良い虹の上の国を夢見る話となっていて、自身の欲望を追い求めて町中を練り歩くビルと共通するところがあります。

そして「虹のふもとへ」ビルを誘おうとするパーティーでの女性の名前はオズの魔法使いの主人公と同じ名前のゲイルです。その二人の女性とビルが初めて会ったのはロックフェラープラザで、風でほこりがたくさん飛んでいたという会話を交わしていましたが、オズの魔法使いでも主人公は竜巻によってオズの国へ飛ばされました。

冒険の始まり

アリスの自白

パーティーの翌日夫婦でいい感じになっていると些細なことから口論になってしまい、アリスが自身も他の男に惹かれていたことを告白します。ビルはその告白を聞いてショックを受けていると患者のネイサンソンが亡くなったという電話が入り、ビルはアリスに「顔を出してくるよ」と言います。
この顔を出してくるよというセリフの原文を丁寧に訳すと
「私はそこに出向いて顔を見せなければならない」
という義務感のニュアンスを含んだセリフとなっており、「ネイサンソンの家に行ってくるよ」という報告の他に、妻の本性を告白されて動揺したビルが「自身の本当の欲望や姿をさらけ出さないと」と自分自身へ言い聞かせているとも読み取れるのです。
実際、ビルが仮面をつけて忍び込んだパーティーでビルは仮面を外して顔を見せるように命令されます。ここから彼の冒険がスタートするのです。

ネイサンソンの家のシーン

電話の後ネイサンソンの家を訪れるビル。ネイサンソンの家で亡くなった患者の娘のマリオンに告白されるという一連のシーンになっていると思うのですが、このシーンには少し深い意味があります。
ビルに恋をしているマリオンの婚約者カールを演じているのはトーマスギブソンという俳優で、なんと彼はビルを演じているトムクルーズと全く同じ日の1962年7月3日に生まれています。
それだけでは無く名前のトーマスの短縮系がトムですのでこの二人の俳優は名前まで同じなのです。そして映画内では二人の見た目は非常によく似ています。まるで鏡で写したかのように。
さらにこのマリオンが本当はビルのことを愛しているのに婚約者のカールと一緒に暮らさなければならないという状況は、先ほどアリスがビルに告白した、海軍士官のためなら家族を捨ててもいいと思ったというアリスの本当の欲望を鏡写しにした物となっているのです。そしてこの状況ではビルはマリオンに愛される対象となっていて、代わりにカールが元々のビルと同じ立ち位置となっているのです。

さらにこのシーンには重要な要素があります。最初にビルが家政婦によって家に入ってきたカメラのアングルとカールが家に入ってくるカメラのアングルは鏡写しのように左右反対になっています。
しかもビルがマリオンのいる部屋に入る時とカールが部屋に入る時のカメラアングルも左右反対になっていて、ビルが入る時は色とりどりの電飾が施されたクリスマスツリーが映りますがカールの時はそのツリーがありません。
これは恐らくビルに恋しているがカールには恋していないということを表しているのではないでしょうか。

陰謀論的要素

ここからこの映画の核となる部分に踏み込んでいきます。この映画で一番目を惹かれる謎の仮面パーティーのシーンなのですが、非常に不気味であるのと同時に神聖な雰囲気もあるので、何か世界の表には出ていない秘密の会合を描いていたのではないかという噂がされいます。
あのパーティーが何だったのかはジグラーによって少し説明されるだけで、はっきりとは説明されていないのですがキューブリックは本当に闇の存在を描いていたのでしょうか?

仮面パーティーが撮影された館

仮面パーティーが撮影された館はアメリカでは無くイギリスに実際にある館のメントモアタワーズです。メントモアタワーズは近代において最大の私有財産を所有していたとされる銀行業を営む、陰謀論でも有名な一家ロスチャイルド家のために建設されました。
さらに館の入り口やパーティーが行われている館の内装に、Masonic pillarと呼ばれる秘密結社フリーメイソンの柱が建てられています。

そしてこの柱は映画の一番最初のショットにも登場しています。

そして窓にかかっているカーテンの形がフリーメイソンのモチーフとして使われているプロビデンスの目のピラミッドの形になっています

プロビデンスの目

そんなの偶然だろと思われるかもしれませんがこのモチーフは映画の中で実は何回も登場します。

上のマスクとこの映画のジャケット似ていませんか?

しかも極めつけはビルが仮面パーティーから家に帰ってきたシーンで、家の中を歩くビルの背中に一瞬だけ赤い大きな目の影が写っています。1時間30分辺のシーンです。

後にジグラーによって、「あのパーティーに出席していた人物の名前を聞いたら眠れなくなるぞ」と説明されているので、裏で世界を動かす強大な力を持った権力者たちのパーティーを描こうとしていたのは確実だと思います。

イェール大学

ビルが夜の街を練り歩きだしてすぐ、若者グループにいびられるシーンが会ったと思うのですが、彼らはほぼ全員イェール大学のトレーナーを着ています。

yaleと書かれたトレーナー

そしてイェール大学にはスカル・アンド・ボーンズと呼ばれる秘密結社が存在し、ブッシュ大統領なども在籍していたような非常に強力な秘密結社です。

サイエントロジー

サイエントロジーはアメリカにある強大な新興カルト宗教です。アメリカをモチーフにしたGTA5に出てくるイプシロンプログラムはサイエントロジーのパロディーです。

GTA5のイプシロンプログラム


アメリカのサイエントロジー本拠地

そしてなんとトム・クルーズはサイエントロジーの熱狂的な信者です。

本人はそのことを堂々と公表していますし、サイエントロジーは素晴らしい宗教だとインタビューでも公言しています。

サイエントロジーとこの映画に何の関係があるのかとなりますが、サイエントロジーを創立したロン・ハバードは若い時分に海軍に所属していました。ニコール・キッドマン演じるアリスが恋心を抱いていた相手も海軍士官です。原作だと陸軍だったのをわざわざ海軍に変えているのでサイエントロジーに結びつけようとしていた可能性は高いです。

さらにキューブリックの娘ヴィヴィアンキューブリックは95年にサイエントロジーに入信しています。

最大の謎

本作には一つの恐ろしい説があります。それは娘ヘレナは映画の最後で誘拐された説です。

映画の最後、おもちゃ屋さんのシーンで夫婦が狭い通路に入ると娘ヘレナが一人で夫婦の元から離れていきます。

老人についていく娘ヘレナ

娘が離れていく方向には背の高い紺のコートを着た老人が二人いますがなんとこの老人、映画の最初に夫婦が招かれたジグラーのパーティーに出席しています

椅子に座って談笑している老人二人

しかもこのシーンより前には老人が座っている場所には、椅子も何もなかったのですが、このシーンになると以前から椅子が存在していたかのように急に出現します

キューブリックは意図的にこの二人の男性を目立たそうとしているということなので、最後のおもちゃ屋のシーンでこの老人二人が再び登場することは偶然ではないはずです。

舞台がクリスマスということもあって、娘ヘレナは闇の組織へのクリスマスプレゼントとして捧げられたのではないか?というとても恐ろしい考察がされています。

※追記 ヘレナ誘拐説の確固たる証拠

ヘレナという名前

このヘレナという名前はギリシャ神話に登場する女性ヘレネーのラテン語読みで、wikipediaによるとギリシャ神話のヘレネーはメネラーオスの妻となったが、イーリオス(トロイア)の王子パリスにさらわれトロイア戦争の原因となった。と説明されている。

わざわざヘレナという名前にしているのはこのエピソードを想起させるためだとも考えられる。

くるみ割り人形

映画冒頭ヘレナは「くるみ割り人形見てもいい?」と両親に尋ねていたがこれも伏線の可能性が高い。
くるみ割り人形は少女がくるみ割り人形によって自身が治めるおもちゃの国へ誘われる物語である。
本作のラストシーンではヘレナがおもちゃ屋でおもちゃたちに囲まれはしゃいでいることから、くるみ割り人形という単語を冒頭に出しておくことによって、ラストシーンでくるみ割り人形のようにヘレナが(闇の結社に身を置く男性たちの)おもちゃの世界に誘われていることを示唆している可能性が高い。
その証拠に二人の老人はヘレナに接近したときトラのぬいぐるみが画面の右側に置かれているが、トラのぬいぐるみは途中ビルが訪れる娼婦のドミノの部屋にも置かれている。
ヘレナもドミノのように性的消費の犠牲者になってしまうことを示唆していると考えられる。

最大の証拠

こちらは海外の考察サイトに投稿されていた決定的な証拠となっている。
心して観てほしい。

https://imgur.com/4gZtIqj.gif


本作の本当の意味

これらのことから考えると、映画の最初から闇の組織の存在がちらついていたことになり、ビルはずっと闇の組織に監視されていたということになります。
この映画は、開業医で一般的には社会の頂点に立っているはずのビルでさえも到底手の及ばないような、さらに巨大な力を持った組織の存在を示しており、そういった存在にはどうしても逆らうことはできず、逆らおうとするとマンディーやニックのように殺されるということを伝えたかったのではないでしょうか。

これは偶然なのか分かりませんがキューブリック自身も関係者数名のみの極秘試写会を行った5日後くらいに心臓発作で亡くなっています。

本当に心臓発作なのかこの映画の登場人物のように殺されたのかは闇の中です。

タイトルの意味

ここまでなかなか初見では気づきにくいことまで解説してきましたがまだまだこれはほんの一部です。海外の考察などを読むと、この映画にはここで書いてきたよりも膨大な細工がなされています。私達はこの映画をはっきりと目を開いて観ていますが実は何も見えていないのです。

Eyes wide shutを直訳すると「目を大きく見開きながら閉じて」という矛盾した意味の言葉になっています。これは元々Eyes wide open「目を大きく見開いて」のopenを閉じるという意味のshutに変更した矛盾しているフレーズなのです。

この映画の夫婦もそして私達も目は見開いているのに目を閉じたように何も見えていない

それがこの映画のタイトルの意味なのではないでしょうか
信じるか信じないかはあなた次第です。

キューブリックに影響を受けた映画監督たち

今作にはビルの友人のピアニスト役として映画「TAR/ター」のトッド・フィールド監督が出演しています。どうやら彼はこの映画の撮影中キューブリックに映画のとり方などを学んでいたようです。
確かに彼も映画TARで顕著なように、ちゃんと観ているのに一見どういうことだったのか分からなくなるような、キューブリックのような映画を撮っています。
そしてもうひとりキューブリックのような映画を撮る監督がいます。ミッドサマー、ヘレディタリーの監督のアリアスターです。
アリアスター最新作が今年公開される予定ですので、一刻も早く見たいです。


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