湯船で本を読むとはかどる。きょうはなにを読もうか、と思っていたら給湯器の液晶画面にまさかの数字が出た。
0度。
かつて香港映画かなにかで観た「氷の入った水風呂で覚醒剤を抜く」というシーンを思い出した。おとり捜査官であることがバレそうになった男が、密売人の前で自らに覚醒剤を打って常用者だと信じこませ、彼らが去ったあと大急ぎで薬を抜くのだ。氷風呂で彼はぶるぶる震えていた。肉体の説得力がすさまじいシーンだった。
ただ、覚醒剤を打っていない自分がなぜ0度の浴槽に浸からなければならないのかわからない。いまからでも急いで打つべきだろうか。
パネルが新たな数字を見せた。
76度。
極端だと思った。あらゆるボタンを押すが状況は変わらない。液晶画面は「0度」と「76度」を交互に繰り返すばかり。お手上げだ。壊れた。
0・76・0・76・0・76・0
わたしは「給湯器が壊れた」という現実から目をそむけ「給湯器がべつのなにかに進化した」というファンタジーにすがり始めた。もはやこれは給湯器ではない。
ウォーターサーバーだ。
0度の水と76度のお湯が選べるウォーターサーバーである。水はそのまま飲み、お湯はカレーの後のお皿を洗うのに使おう。ふたつを出しっぱなしにして浴槽に溜めれば0度と76度が混ざりあい、ちょうどいい湯加減の湯船になる。
38度。
すこしぬるい気もするが、その水温だからこそ読める本もある。わたしは裸のまま本棚のどこかにあるはずの『星の王子さま』を探し始めた。
(水温/38 degrees Celcius)