ファイナンス(企業財務)の基本㊴:企業価値評価で使う「WACC法とAPV法の違い」について、まとめてみた
今回は、企業価値評価で使う「WACC法」と「APV法」について、両者の違いに着目してメモしてみたいと思います。
企業価値評価アプローチの全体像
WACC法、APV法の話に入る前に、大きく分けて3つある「企業価値評価アプローチ」を、下表にまとめてみました。
上表のうち、WACC法とAPV法は、本質価値(インカム)アプローチの中の、DCF法の中の企業価値算定方法となります。
DCF法では、企業や事業が将来的に生み出すフリーキャッシュフロー(FCF)を適切な割引率で割り引くことによって現在価値を算出し、企業(事業)価値を算出します。そして、そのDCF法は、さらに下記2つに細分化されるというわけです。
WACC法
FCFを株主資本コスト(rE)と負債コスト(rD)をそれぞれの市場価値で加重平均した資本コスト(WACC)を用いて現在価値化するAPV法
FCFを株主資本コスト(rE)で現在価値化し、これに負債がもたらす節税効果を加算する
※ DCF法について復習したい方は、下記の記事をご参照ください。
企業(事業)価値を評価する2つの実務的な方法
WACC法とは
WACC(Weighted Average Cost of Capital)は、資本コスト(または加重平均資本コスト)と呼ばれます。
WACCは、企業が持つ負債額や借入利率を織り込んだ「割引率」です。
企業(事業)が将来生み出すFCFを、このWACCで現在価値化することで、企業(事業)価値を評価できます。
WACC法は、資金提供者(=株主、債権者)は、企業に対して、おしなべてどれくらいの収益率を期待するのか、という視点を重視した価値評価方法と言えます。
APV法とは
APV(Adjusted Present Value)は、修正現在価値(または調整現在価値)と呼ばれます。
評価対象の企業(事業)が資金的に全て株主資本で賄われたものと仮定した価値と、実際にその企業(事業)が金融機関などから借り入れる負債がもたらす節税効果とを分解して計算し、のちに加算する方法です。
注:上式の「株主資本コスト(rE)」は、CAPM理論に基づき「リスクフリー・ レート + マーケット・リスクプレミアム × 対象企業のベータ値」として計算することが多いです。この「対象企業のベータ値」は、その企業が借金を持たないこと(= 無借金経営)を前提とするため、借金を持つ企業の値を流用する際は、ベータ値をアンレバーする必要があります(ベータ値のアンレバーについては、下記の記事をご参照ください)。
WACC法・APV法の比較
一概に「どちらの方法が優れている」ということはなく、両者にはメリット・デメリットが存在します(下表にまとめました)。
また、ここで注意しておきたいのが、両者による価値評価結果は、必ずしも一致するとは限らないということです。その理由は、下記などが考えられます。
WACC法で仮定する資本構成はあくまでも目標に過ぎず、実態を反映しきれないため
負債金額に応じて変化する株主資本コストの推算(さらには、その背後にあ る株式ベータの変換公式)があまりにも簡略化され過ぎており、結果として株主資本コストが精緻に測定できているわけではないため
よって、ここで持つべき視点は、どちらの方法がより正しいのかというものではなく、この違いを理解した上で、局面や前提条件の違いに応じて臨機応変に使い分けることです。
それぞれの方法が有効なケース
最後に、WACC法とAPV法は、それぞれどのような局面で有効であるのか(どのように使いわけると良さそうか)ということをまとめてみます。
WACC法が有効なケース
下記のようなケースでは、WACC法の活用が有効である可能性があります。
評価結果の精緻さよりも、シンプル且つスピーディーな分析結果や意思決定が求められるケース
企業の資本構成を大きく変化させることなく実施する、既存事業領域内のプロジェクト(このケースでは、その企業の資本コストを割引率として採用する)
既存事業とは毛色が違う新規領域での投資で、その事業領域での既存企業の資本構成が妥当とみなされるケース(このケースでは、その資本構成に応じた割引率を採用する)
バリュエーションの評価結果を説明する相手側(顧客、潜在的な投資家、合併の相手先、社内稟議決裁の審査部門)が、APV法に関する知識・経験・意識を持ち合わせていないと判断されるケース
APV法が有効なケース
下記のようなケースでは、APV法の活用が有効である可能性があります。
銀行からの借入金を決められた期間で返済するなど、資本構成が長期に渡って一定と想定しにくいケー ス
資金源として負債を積極的に活用する企業買収(すなわち、節税効果を別出しで計算し、買収プレミアム計算の根拠とする事が有効なケース)
リストラなど、一時的に資本構成が著しく変化するケース
評価対象となる複数のキャッシュフローのリスク水準が様々で、それぞれに呼応した割引率を適用することが適切と判断されるケース(例えば、システムの共有化や間接部門のコスト削減を目的とした企業合併など)
以上です。
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