周りを見渡すと、高スペックな人間ばかりがいた
周りを見渡した時、
たまにふとこんなふうに感じたりする。
あぁ、みんな真っ当な人間なんだな。
と。
ちゃんと毎日会社へ行き、
ちゃんと書類を提出し、
ちゃんと支払いをし、
ちゃんと車の運転をし、
そして政治の話をしている。
上記のことをぼんやりと考えると、
生きるって本当に大変なんだなぁ。
と感じてしまうのだ。
そして私のやる気は急降下していく。
人間なんてやめたくなってしまう。
あぁ、私は兎だったわ。
人間ではないのだから、
みんなのように真っ当にならなくたっていいじゃないか。
そんな頭沸いちゃってます系から
この社会に1つ物申させていただく。
この社会には高スペックな人間が
多すぎやしないか。
私にとっては、
ちゃんと毎日会社へ行き、
ちゃんと書類を提出し、
ちゃんと支払いをし、
ちゃんと車の運転をし、
そして政治の話をしている人間は、
高スペックというカテゴリーに入っている。
私は大人たちが望んでいる
上記で示した高スペック人間には育たなかった。
何%かの確率で、
私のような社会不適合が育つのである。
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この社会不適合者がひと昔前までは、
まるで高スペック人間であるかのように生活し、
会社に属していたのだから信じられない。
試してみたが無理でした。ってやつだ。
できないもんはできないんだからしょうがない。
もしかしたら私と同じように生きている人間が、
他にもいたりするのではないだろうか?
同志よ、名乗ろうではないか。
私のような非高スペック人間は、
この社会で生きづらいと
感じたりしてしまうことがある。
そういった人にとっては、
この社会で気持ち良く生き抜くための
ちょっとした工夫が必要なのだ。
それらを自分の経験をもとに考えてまとめてみた。
では順に説明していく。
①他人と比較しない
私はたまに高スペック人間と接していると、
自分が嫌になる時がある。
それは多数派である高スペック人間と
自分を比べてしまうからだろう。
他人と自分を比較するというのは、
百害あって一利なしである。
私たちの多くは
高スペック人間のように生きるようにと、
昔から教育されてきた。
長年すりこまれてきた教育とは恐ろしい。
未だに高スペック道を歩けかなければと
錯覚してしまうのだ。
それゆえ自分自身に苛立つのである。
それができている他人を見ると、
羨ましいと思ってしまうのである。
他人と比較することで
自己肯定感を下げるだけでなく、
妬みの念を抱いてしまう。
嫉妬のエネルギーは強い。
嫉妬という気持ちを手放して、
もっと自分と向き合うようにした方が
より健康的である。
無いものに目を向けるのではなく
あるものに焦点を当てよ。
昔から十人十色という。
私たちは人間であってロボットではない。
それぞれ違うというのは個性である。
個性を大切にしていこう。
②自分の強みを持つ
人間それぞれ得意なこと、
不得意なことが違う。
私は高スペック人間ができることが得意ではない。
だが反対を返せば、
私が得意なことが高スペック人間にとっては
不得意なことになる場合もある。
私は細かい作業やアートが好きだ。
だから普段はジュエリーを作ったり、
イラストを描いたり、
ペイントをしたりしている。
これらの作業をすることは、
今の私のライフスタイルに組み込まれていて、
毎日やるのが普通のことなのだ。
私にしか作れない唯一無二のアートを作る。
これが私にとっての強みであると考えている。
③高スペック人間との会話は話だけ合わせておく
私の周りには高スペック人間が多い。
私の旦那である狸はもちろん、
家族や友人たちもみんなそうである。
よく彼らは仕事、税金、政治の話をしたがる。
私はクマちゃんやマウンテンゴートの
話をしてる方が楽しいが、
1つの知識として彼らの会話に参加している。
役に立つ時もくるかもね(?)と、
ポッドキャストを聴くような感覚で聞き流ししている。
そういった姿勢を見せているだけでも
相手を嫌な気分にはさせない。
気になった部分があったら質問したら良い。
ちゃんと聞かなければいけないと思うと、
疲れてしまうので真面目にならないのがコツだ。
相手は自分の話を
聞いて欲しいだけの場合が多いので、
50パーセントくらいの気持ちで聞いてみよう。
注意点は2つ。
聞いているという姿勢を相手に示す必要がある
ある程度自分の意見を用意しておく
これらに注意さえすれば、
私のような社会不適合者も
中級サーファーくらいのレベルで社会の波に乗れている(乗れているつもりだ)。
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④生きがいを見つける
これが私のような非高スペック人間にとって、
1番大切なことのように思う。
生きがい。
生きがいさえあれば、
ハッピーライフを得たようなものである。
私にとっての生きがいは山を登ることである。
まぁ、夢が冒険家なのだから、
山に登るのは当たり前と言えよう。
ハイキングはもちろん、
バックパッキングにロッククライミング、
スノーシューイングなど様々なことに挑戦している。
断言できる。
もし私の人生の中で
この生きがいを見出すことができなかったら、
人生灰色だったに違いないと。
それだけこの山を登るというのは、
私の人生においてかけがえのないものになっている。
運動するだけでも健康的だが、
そこで見れる絶景や動物、
草花に川や滝、岩や木などに触れると
心が満たされるのだ。
つまり心身ともに健康的になれる。
数年前にPTSDで苦しんでいた時、
カウンセリングや薬よりも効果的だったのが、
1人で山に籠ることだった。
心を病んでいた頃の兎を知りたい方はこちらから👇
自分を厳しい環境下に置いた時ほど、
日常の生活に感謝する時はない。
氷点下10度以下の山や
シャワーに1週間入れない、
食べたい物が食べれない環境は、
私にたくさんのことを教えてくれた。
私たちが当たり前と感じている生活は、
とても特別なのものなのである。
もし生きがいを見つけられない読者さんがいたら、
登山を強くお勧めする。
冒険家になりたまえ。
以上が私のような非高スペック人間が、
気持ちよく生きていくためのメソッドである。
1つでも気になったものがあったら、
是非試していただきたい。
こちらのエッセイもよろしくお願いします↓
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