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夏の夜の夢〜メンデルスゾーンとシェイクスピア〜①
※またまた“盛りだくさん”となってしまった、大学の提出課題のものを少し変えてお送りいたします。
※より分かりやすい言葉に変えても良かったのですが、今後の自分のための参考も兼ねてほぼそのまま掲載いたします。ご了承ください。
1. 異なる芸術分野の融合
──”ここでご覧になったのはうたた寝の一場のまぼろし。たわいない物語は根も葉もない束の間の夢。”
これは、ウィリアム・シェイクスピア(1564-1616)の戯曲『夏の夜の夢』の最後の台詞です。物語の狂言回しであるイギリスの妖精パックのこの言葉は、舞台から観客に向けて──劇中と劇外の垣根を越えて──アプローチをはかる、という興味深い手法が取られています。
ある解説の言葉を引用しますと、“観客の人生に呼応する”この台詞は、劇中の人物だけでなく、我々観客を“劇中世界の深くに誘う”という効果を持っているといえるでしょう。
しかし、この興味深い手法は、実際に舞台で演じられるからこそ生きる設定だとも言えることは否めません。
さて、では皆さんであれば、このパックの台詞を「音楽」でどのように表現するでしょうか。 どのようにすれば、物語の狂言回しである彼の要素を、音楽に落とし込めるでしょう。
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フェリックス・メンデルスゾーン(1809-1847)の劇付随音楽(※1)《夏の夜の夢》。特に序曲では、劇中と劇外を繋ぐ役割を果たすようなパックらしいメロディが、原作さながらの卓越した技術で織り込まれています。またこうした「らしい」要素は、パックに限らず、原作の世界観を余すところなく洗練した音楽で表現しています。
メンデルスゾーンの《夏の夜の夢》は、シェイクスピアの戯曲という「原作」を伴う、いわゆる「二次創作的」な作品の一つと言えるでしょう。文章と音楽という表現の仕方はもちろん、作られた時代も全く違います。にも関わらず、原作の魅力を損なわぬまま、なぜこんなにも聴衆をわくわくさせ、想像を掻き立てる曲を生み出せたのでしょうか。
それは、時代を越えて、シェイクスピアとメンデルスゾーンの思索が互いに歩み寄っていたからだと考えられます。つまり、シェイクスピアにとっては作劇に「音楽」という要素が必要不可欠であったこと、メンデルスゾーンにとっては幼少より周りに音楽以外の芸術文化の存在があったことです。
2. メンデルスゾーン:物語をどう切り取るか
「音楽」では、原作の魅力をどのように切り取り、表現することができるでしょうか。音楽で物語を表現する上で大切な要素の一つとして、有名な手法にライトモティーフ(※1)などが挙げられますが、こうした考えが最盛期を迎えるのは、メンデルスゾーンより少し後の時代です。
むしろ、メンデルスゾーンはこうした概念とは遠い考えを持っていた人物と言えます。彼はロマン派(※3)の時代に生まれながら、根本的には古典派的な作曲様式を好んでいました(※4)。
だからこそ、古典派とロマン派の音楽を巧みに織り交ぜた独自の作曲技法と、生まれ持った才能で、シェイクスピアの物語と音楽を融合させていくことができたのです。
メンデルスゾーンを取り巻く家庭環境は、哲学や思想など、多方面での教養を広めるのに適していました。元々裕福な家庭であったことも相まって、父と母だけでなく、若い頃からたくさんの人々と出会っています。こうした環境の中で、メンデルスゾーンの才能は開花しました。
また、まだ柔軟な思考を持てる十代にシェイクスピアに巡り合ったことも重要です。もとよりドイツの詩人ゲーテとは交流を結んでいましたが、その上でシェイクスピアにも造詣を深めることができたのは、メンデルスゾーンにとって非常に大きな出来事であったといえます。
実際、メンデルスゾーンが《夏の夜の夢》に着手したのは、彼が十七歳のときです。
メンデルスゾーンは両親と行ったヨーロッパ旅行をきっかけに、生涯で何度もイギリスへと赴いています。
イギリスでは十九世紀になっても、シェイクスピア劇(改定などが何度も加えられているとはいえ)を上演し、さらに言えば、シェイクスピア劇の付随音楽を作ることも定着していました。
メンデルスゾーンが序曲以外の劇中付随音楽を作る上で、未だ色褪せずシェイクスピアの作品が残る本場イギリスに赴いたことが、彼の感性に良い影響を与えたであろうことは言うまでもありません。
メンデルスゾーンの《夏の夜の夢》の劇付随音楽は、メロドラマ(語られる台詞を伴奏し描写する音楽)の手法を取り入れています。巧みな場面転換により、曲やメロディひとつひとつがうまく原作の物語を表現しており、見事に合致しています。
これはまさしく、ロマン派の時代に生き、ロマン派の潮流に乗りながらも、古典派に傾倒をしていた彼の独自の作曲傾向が成せた技といえるでしょう。
特に劇中複数組出てくる「恋人たち」という劇の歴史の中では古典的な組み合わせの登場人物である彼らを表す音楽は、分かりやすい和声進行や複雑でないリズム感など、全体の中でも比較的古典派的な要素を垣間見やすい部分ではないでしょうか。
シェイクスピアの持つもともとの古典的劇要素とメンデルスゾーンの様式がうまく合致した点といえますね。
\次回、後編です!/
※1…劇の台本や進行に合わせ作曲された音楽。 劇や芝居を盛り上げ、様々な効果を作り出すために創作される
※2…オペラや交響詩などにおいて、特定の人物や状況などと結びつけられ、繰り返し使われる短い主題や動機のこと。ワーグナーなどが用いたことで有名
※3…チャイコフスキー、ドヴォルザーク、シューベルトなどが有名。1820年頃から1900年頃にかけての時代区分。それまでは使われていなかった「標題」などが付けられるようになり、抒情的かつ感情的な表現が特徴
※4…ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンが有名。1730年頃~1827年頃にかけての時代区分。明快で自然、親しみやすいメロディーに簡潔な和音の伴奏が付くようになったことが特徴
参考文献:
・シェイクスピア,ウィリアム 1997 『シェイクスピア全集4 夏の夜の夢・間違いの喜劇』(松岡和子訳) 東京: 筑摩書房
・毛利真実 2001「『夏の夜の夢』から『夏の夜』へ:ティークの描く妖精の世界」『研究年報』18 42-60
・大塚直 2009「「ワルプルギスの夜」の文化史的位相ーゲーテとメンデルスゾーンー」『愛知県立芸術大学紀要』39 159-173
・Marian Wilson Kimber,2007 “Reading Shakespeare, Seeing Mendelssohn: Concert Readings of A Midsummer Night's Dream, ca. 1850–1920” The Musical Quarterly/89 199-236
・齋藤貴子 2021「『夏の夜の夢』の細部に宿る美〜メンデルスゾーンの序曲に凝縮されたシェイクスピアの世界」『ONTOMO』https://ontomo-mag.com/article/column/shakespeare3-midsummer/ (2024年7月9日閲覧)
・「メンデルスゾーンの作品一覧」「フェリックス・メンデルスゾーン」「夏の夜の夢(メンデルスゾーン)」『Wikipedia』(いずれも2024年7月25日閲覧)
・柴田南雄・遠山一行 1993-1995『日本語版 ニューグローヴ世界音楽大辞典』 東京: 講談社
・メンデルスゾーン,フェリックス 2015「序曲《真夏の夜の夢》」(高橋淳解説) 東京: 日本楽譜出版社