夏の夜の夢〜メンデルスゾーンとシェイクスピア〜②
※またまた“盛りだくさん”となってしまった、大学の提出課題のものを少し変えてお送りいたします。
※より分かりやすい言葉に変えても良かったのですが、今後の自分のための参考も兼ねてほぼそのまま掲載いたします。ご了承ください。
3. シェイクスピア:劇と音楽
メンデルスゾーンは《夏の夜の夢》の序曲を先に、その後劇付随音楽を書き起こしました。劇付随音楽の中で使用されるモティーフは、原型が既に序曲の中に出てきているものです。
これは、作曲方法としては割と珍しいもので、通常であれば本編を作ってからその要素を序曲に盛り込みますが、《夏の夜の夢》の場合はその逆の手法──序曲から劇付随音楽に発展させていっているのです。
そもそもシェイクスピアの『夏の夜の夢』は、物語の本筋に関係がある恋人たちや妖精たちの騒動と、その側面で行われる職人たちの劇中劇という二つの要素があります。それに加え、何度も触れているように、「これが舞台である」と示唆するような“境目”に言及する表現や妖精パックのようなトリックスターの存在もあります。つまり、原作には少なくとも三つの柱となる要素が組み込まれています。
このような要素をどのように物語で動かしていくのか。シェイクスピアの頭の中には付随音楽に関しての考えがあったのではないでしょうか。彼の戯曲にとって音楽は、この上なく大切な要素の一つでした。この場面では雰囲気的な音楽を、この登場人物はこうした声がよいというように、彼の試作の端々には「音楽」が絡んでいたことが記録に残っています。
つまり、『夏の夜の夢』の原作にも、シェイクスピアのこうした音楽的考えが盛り込まれているはずなのです。
4. メンデルスゾーン:劇と音楽
序曲を書いたメンデルスゾーンは、提示部(※1)が終わり、曲が進む度にひとつひとつのモチーフに少しずつ変化を加えています。他の調への移調、そしてここでも古典派の対位法(※2)的変化が見られます。
先述のように、メンデルスゾーンは本編ではなく序曲からこの音楽に取り組みました。つまり、断片的に作り上げたものではなく、一連の流れで作ったものなのです。
そう考えると、これらの音楽的進行は敢えて綿密に考えて行われたもので、物語の進行と密接な関係性を含んでいるのだと言えるでしょう。
メンデルスゾーンの基盤には古典派への回帰があり、その上で、ある種ロマン派的な華麗で優美な旋律が曲を彩っています。このようであるからこそ、シェイクスピアの古典的な演劇の世界観と妖精などの幻想的な雰囲気を同時に再現できているのです。
5. ”幻想的な”世界
メンデルスゾーンの《夏の夜の夢》が非常に素晴らしい魅力を持っているのには、彼の生まれ持った才能、感性を以て、幼少期から様々な芸術分野に触れ、己の曲に昇華していったからだといえます。ゲーテやシェイクスピアの詩に多く注意を払っていたからこそ、「劇」や「物語」そのものに対する造詣が深かったのも理由でしょう。
また、シェイクスピア自身が音楽に関して深く考えながら自身の戯曲を作り上げたことも、メンデルスゾーンやひいては他の作曲家たちの、「物語」を「音楽」で表現するときの手助けとなったことは間違いありません。
音楽とその他の芸術分野がより密接に関係を深めるのは、歴史上、シェーンベルク(20世紀頃)の時代からと言われます。しかし、こうして辿ってみると、どうやらその前から国も時代も超えて、其々の思索が交わって互いに歩み寄っているのではと思えます。
このようにして、それぞれの芸術同士が深く結びつき、等しく私たちにもその魅力が伝わり、物語に沿った幻想的な《夏の夜の夢》が生まれたのでしょう。
そして、シェイクスピアとメンデルスゾーンの結びつきは、結果的にシェイクスピア作品とクラシック音楽をさらに密接にする役割を果たします。
ベルリオーズなど後の十九世紀の多くの作曲家たちがメンデルスゾーンに追従し、シェイクスピア劇を基とした音楽を積極的に作曲していくこととなるのです。
\お読みいただき、ありがとうございました!/
※1…楽曲において主題やそれに代わる重要な素材が提示される部分
※2…音楽理論のひとつ。複数の旋律を、それぞれの独立性を保ちつつ、互いによく調和させて重ね合わせる技法のこと
参考文献:
・シェイクスピア,ウィリアム 1997 『シェイクスピア全集4 夏の夜の夢・間違いの喜劇』(松岡和子訳) 東京: 筑摩書房
・毛利真実 2001「『夏の夜の夢』から『夏の夜』へ:ティークの描く妖精の世界」『研究年報』18 42-60
・大塚直 2009「「ワルプルギスの夜」の文化史的位相ーゲーテとメンデルスゾーンー」『愛知県立芸術大学紀要』39 159-173
・Marian Wilson Kimber,2007 “Reading Shakespeare, Seeing Mendelssohn: Concert Readings of A Midsummer Night's Dream, ca. 1850–1920” The Musical Quarterly/89 199-236
・齋藤貴子 2021「『夏の夜の夢』の細部に宿る美〜メンデルスゾーンの序曲に凝縮されたシェイクスピアの世界」『ONTOMO』https://ontomo-mag.com/article/column/shakespeare3-midsummer/ (2024年7月9日閲覧)
・「メンデルスゾーンの作品一覧」「フェリックス・メンデルスゾーン」「夏の夜の夢(メンデルスゾーン)」『Wikipedia』(いずれも2024年7月25日閲覧)
・柴田南雄・遠山一行 1993-1995『日本語版 ニューグローヴ世界音楽大辞典』 東京: 講談社
・メンデルスゾーン,フェリックス 2015「序曲《真夏の夜の夢》」(高橋淳解説) 東京: 日本楽譜出版社