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第24回 第二逸話『ネストル』その2

「どの都市が彼を呼んだのかな? えぇっと、じゃ君答えて」
「タラントゥムです」
「正解」

 今スティーブンは授業(仕事)の真っ最中。彼が教えているのは、古代ローマ史の中でもタラントゥム(現イタリア半島南端にあるタラント)について。ここは当時ギリシャ植民地だったけど、ローマ勢力に怯え、ギリシャ勢のピュロス王(ネストルん家があるところと同じ名だ)に助けを乞い、ローマ軍と戦争になった云々…、そんな授業内容。やる気のなさそうな生徒たちに釣られて、スティーブンもやる気なさそう。唐突にスティーブンの意識の流れ(独白)…。


記憶の娘たちの作り話かな…

 記憶の娘とはムーサ(=ミューズ)のことらしい。ホメロスの叙事詩にも出てきた、詩を編む女神。つまり、今教えている古代史も事実じゃなくてほんとはムーサ(もちろんこれも架空の人)の作り話かな、とスティーブンも白けているのかもしれない。

 そしてこれに続く、
でも記憶が作り上げた通りではなくとも、実在はしていたのだ”

 これはトロイア戦争のことでもあるホメロスが詠んだ『イーリアス』『オデュッセイア』の舞台トロイア戦争は、長い間架空の戦争と言われていた。何せ約3000年前の話。それを元にして、ホメロスが上記に2詩を詠んだのが、その400年後。いずれにせよ途方もない大昔。写真も本も何にも残ってない。これを確かめようと、私財を投げ打って、ひたすら地面を掘り続けた一人の考古学者がいた。ハインリヒ・シェリーマン。1871年、トロイア戦争発掘に成功。彼をそこまで突き動かしたのは他でもない、幼少期に読んだ『イーリアス』の感動だった…。
な泣ける。


閑話休題。

 じゃあ、本編の元ネタ『オデュッセイア』も『イーリアス』のアキレウスやヘクトルの活躍も、テレマコスもオデュッセウスももみんなみんな、どうせホメロスの作り話…

否、だけど! だけどっ!


と、いう事なのかな。

 どうしても『オデュッセイア』とリンクさせたい筆者の深読み…。

 その後の独白…、”全空間が廃墟となり、鏡が砕け、医師の建築が崩れ落ち、時がついに青白い炎となって燃えるのを聞く”
 
これは戦争のことと思われます。
でも今授業でやってる「ローマ大戦」すなわち紀元前279年の話ではありません。作者ジェイムズ・ジョイスは、本逸話を1917年スイスのロカルノで書き上げました。そうです「第一次世界大戦」です。
 ジョイスは、スティーブンの授業風景を描くことで、自身がつい最近見た「戦争に巻き込まれる街」を思い出したのでしょうか(新聞かもね)。

 続いて生徒の一人「ピュロス王は言いました「もう一度こういう勝ち方をしたらこちらも全滅するぞ(有名なセリフらしい)」」
「では君、ピュロスの最後はどんなだった?」
「えっとぉ、ピュロスは、…ピ、ピア(桟橋の事)」
 何人かの生徒が笑う。一応、ピュロスとピアをかけたみたい。「ピ」しか合ってない。まあ日本語表記での話だけど。ネイティブ発音ならもっとウケるのかも。

”このガキ、ふざけやがって。は家が金持ちで、兄貴が海軍。俺の身分じゃ手を出せないのも知っている。俺を舐めてんだ。クッソォ〜、なんか唇のはじにお菓子のカスなんかつけて、こいつ俺の授業中に盗み食いしてたな、クソガキめ!”

「ピアってなんだい?」
「ピアですよ、桟橋。キングスタウン・ピアとかあるじゃないですか?」
また教室に笑い。クスクス、ニヤニヤ。
スティーブンの独白。”そう、こいつらは知っている。教わった事はないが無知ではない”そして次の”彼は妬ましげにみんなの顔を眺めた”は、三人称(作者の説明文)になる。つまり突然独白は終わる。
 これは「キングスタウン・ピア」というのは若い男女の言わばデート・スポットで、もっと露骨に言えば「いちゃつく場」らしいのだ。なので生徒たちはくすくす笑い、逆にちっとも面白くないスティーブ(自分にはそういうことがなかったから)。

”そう、こいつらは知っている。授業では教わる前に、あっちだけは早々に”



 ”こいつらの中には、実際いちゃついてる奴もいるのだろう。ムカつく!”

 それでも表向きは平静を装い、
「キングスタウン桟橋ね、あの残念な橋(注釈によると、昔あるイギリス王を迎えるためにわざわざ作ったが、その王は民衆に冷たかったらしい。もしくはスティーブンの個人的理由。数年前、自身がこの桟橋からパリへ向け出港し、夢破れて帰ってきたことを思い出し)…」
突然笑いが止み、「なぜ残念なんですか?」
 ガキどものアホな質問にいちいち答えないスティーブン。

”ヘインズのチャップブックにでも書いとけ(桟橋が残念な理由を)”

 チャップブックとは昔の大衆向けの小冊子で、イギリス人ヘインズがわざわざアイルランドにまで赴いて調べているアイルランド研究を馬鹿にしている。やっぱスティーブンもいいやつじゃないね。その後はヘインズを起点にイギリスの悪口。そして、イギリスに媚びを諂った(とスティーブンは思っている)アイルランド作家達へ。最後の”どうせ自分達の国は質屋みたいなもんだから”は、アイルランドはイギリスの植民地時代、実際質屋があちこちにあり、アイルランドの平均的な一般市民も、質屋から金を借りなければ、生活ができんかった、だということ。
 
 スティーブンの独白は続く、
”※もしピュロスが瓦に当たって倒れなかったら(これが彼の最後らしい)、もしカエサルが刺殺されなかったら、考えても消してしまえるわけじゃない。時が二人に烙印を押したのだから。そういう可能性はつまり実現しなかったのだから。可能だったのかな? 実現したものだけが可能だったのかしら?”
”織るが良い、風の織り手よ”

 
 何が何だかさっぱりですが。これは彼の頭の中に思い浮かんだ、意識の流れですので、そう彼が思ったのだからしょうがない。彼に罪はない。罪があるのは作者ジョイスです。
 
 柳瀬版ではよりわかりやすく、織るが良い、空談を織る者、と訳されている。

 自分で無駄な空談をぶつぶつ呟いて、自分に向かって、織るが良い~とか言ってる…。
 なんかスティーブンとかいうやつバカに見えてくるんですけど。 

 …続く。


これは、「たられば」というものはそもそも存在しない、可能だったから実現し、不可能だったから実現しなかった、と言いたいのか? 否それに悩んでいるのか?

 …本当は作家になりたいスティーブン。

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