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第61回 J・ジョイス映像作品その2『ノラ 或る小説家の妻』(2)
ノーラが働くフィンズ・ホテルに備えらられてるバーの常連客には、コズグレーブとゴガディがいる。
どちらもジョイスの当時の友人。二人ともジョイス作品に、登場人物のモデルとして出ている。
まずコズグレーブ。彼とジョイスは学生時代からの友人。現在医学生。ジェイムズ・ジョイスの半自伝的作品にして、『ユリシーズ』の前編『若き芸術家の肖像』から、「リンチ」の変名で登場している(『ユリシーズ』でも、後編になって再登場するらしい)。
ゴガディの方は、『ユリシーズ』でのスティーブン・ディダラスの悪友マリガンのモデルになった人。彼との出会いは、ジョイスがパリに留学する直前なので『〜肖像』の方にはまだ登場していない(はず)。実家は代々医者の家系で、本人もオックスフォード大学の医学生&詩人としても才を発揮、さらに水泳が得意で、なんとリフィ川で溺れた人を2度も救出した経験を持つ。さらにどうでも良いオマケだが…、イケメン。
無敵(なんの?)。
『ユリシーズ』でのマリガンは、一見粗野で無粋で口が悪い、でもインテリという、いけすかないかないやつとして描かれているが、この映画でのゴガディは友達思いな紳士的に描かれている。対するコズグレーブの方は感じ悪いやつとして描かれている。
ここは事実はどうであれ、映画作品として、「友人1、2」にはメリハリを付けねばならぬということで、こういう役柄にしているのだろう。
いずれにせよ、彼らはジョイスの恋人としてノーラはふさわしくない、と思っている。
あるデートの最中ジョイスはノーラに言う。
「手紙を書いてくれ。僕に秘密を明かしてくれ」
笑って応えるノーラ「秘密なんて何もないわ」(伏線)
ノーラは、ジョイスに手紙を書く。
「いつもあなたを思っています」云々。
あろうことか、その手紙をコズグレーブとゴガディに見せるジョイス。
「なあこれどう思う?」
恋文の意見を他人に聞くジョイス
(最低! 恋文を他人に見せるのは、精神科医が患者のカルテを他人に見せるようなもの)。
「どうせ何かのパクリだよ」
でも、「男の感」でも働いたのか、ジョイスはそのノーラの愛の言葉を、素直に受け止めることができない…。
さて、
あるコンサートのシーン。演者はなんとジェイムズ・ジョイス。もちろん彼一人のコンサートではなく、何人かの演者の一人ではあるが、ジョイスも歌手としてこの舞台に立っている。ギャラも出るから一応プロ。実はジョイスは歌がうまかった(ピアノも弾けた)。マジで歌で身をたてようかなと思い、レッスンも受けた。が授業料が払えずすぐやめた。巡業団に加わろうとしたが、文学を取った。
この日の日付が8月27日ならば、演者の中にはJCドイル(とジョン・マコーマック、こっちがトリ?))もいたらしい。ではここで二人は知り合いになり、『ユリシーズ』4話でのモリーの「JCドイルと歌うの」の台詞に使われることになったんだなきっと。&モリー・ブルームの職業「歌手」はここら辺のジョイスの体験が元にあるんだなきっと(きっとばっか)。
(そのシーンでジョイス以外に、もう一人長く歌ってる人がいる。これはマコーマックじゃないかな。ただの感だけど、トリだったらしいし)
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ジョイス演じるユアン・マクレガーが、吹き替えなしで歌っている。
観客の中にはノーラ。ここは良いとこ見せたい。でも何故かノーラの隣にはコズグレーブ。何やら親しげに話していて、歌に集中できないジョイス。
その前に、舞台袖でのジョイスとある中年男性の会話。
「この前送った作品の原稿料は?」
「中にはいいのもあったが…」
「そちらからの依頼ですよ」
「悪いが出版はできないよ。もっと読者向きのを書いてくれ」
この髭のおじさんは多分詩人で評論家のジョージ・ラッセルではないか?
リチャード・エルマン筆の『ジョイス伝』に、こんなやりとりが二人にあったと書いてあった。ジョイスはラッセルの勧めで、短編小説を何作か書いていた。
それは1904年8月あたりのことで、このコンサートもその頃。その後で、その小説の中の三作、『姉妹』(この小説はなかなか興味深いあらすじ。あるカトリック神父が若くして亡くなる。死因は…、なぜかみんな口ごもる。実は…※)『イーブリン』『レースの後で』は、その年の8月から10月にかけて、ラッセルが手がける農業新聞に掲載される(ちなみにその時のジョイスのペンネームはスティーブン・ディダラス!)。
この時のジョイスが書いた一連の短編たちが、その後『ダブリン市民』へと結実する。それは1914年だから、10年も先のことだ。
さて、出番が終わり、舞台袖で酒を飲んでるジョイス、そこへノーラが駆け寄る。
「素敵だったわあなた!」
「君はもう男を乗り換えたんだな」
「なんのこと?」
「コズグレーブとあんなに親しげに」
「誤解だわ」
「みんなから言われたよ。君の手紙は盗作だって」
「見せたの⁉︎」
全然悪ぶれないジョイス。おまけに…。
「君に会わない時、僕は何してると思う? 売春宿で女を買っているのさ」
これは事実で、ジョイスは結婚後も女遊びをやめられなかった。その後、生涯苦しめられることになる左目の病も元々は性病を放っておいたのが原因とされる。
その後もノーラを許せないジョイス(ただ征服欲が強いだけ)。
しばらくしてノーラが働くホテルにジョイスの姿。根負けしたのは彼の方だった(そりゃそうだ。悪いのは100パーあんただろ)。
二人で街をぶらぶら。途中牛の軍団が向こうからノソノソやってくる。
「ツノが怖いんだ」
怯えるジョイス。平然と牛を追っ払うノーラ。
二人はとある空き家へ逃げ込む。成り行きに任せ、キス、抱擁…。それを見知らぬおばさんが見てる。
それに気づき、慌てて逃げるジョイス。
「どうしたの?」
「母が見てた!」
ジョイスの母メアリー・ジョイスは1903年8月13日に亡くなっている。彼は幻を見たらしい。
「ここにはいられない!」
「私も連れてって!」
明くる日の夜。出港する船の甲板にジョイスとノーラ。
続く。
※梅毒だった。
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