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第72回 『ユリシーズ』第5逸話『食蓮人』その5

 ブルームは教会の中に入った。レオポルド・ブルームは両親はユダヤ教徒だが、本人は結婚式をキリスト教カトリック教会であげている。どちらの宗教にも全く熱心ではない。

 教会に足を踏み入れたのはただの時間潰し。
中はちょうどミサの最中だった(キリストの肉体に見立てたパンと血に見立てた葡萄酒を信者が飲み(聖体)キリストとの一体を誓う。キリストが、最後の晩餐にて、弟子たちに言ったことに由来する)。
ブルームは椅子に腰掛け、その様子をぼんやり見てた。
 信者がぽつぽつ、みんな跪いて頭を垂れている。その眼前に司祭。司祭は各信者に、葡萄酒に浸したパンを与えている。ブルームはそれをただの水だと思っている。つまり、彼はミサに出たことがない。
 
〜次の人、小柄なお婆さん。司祭が彼女の口にパンを入れながら、何か呟いている(ラテン語らしく、ブルームには聞き取れない)。あれなんだっけ? コルプス(corpus=肉体=ラテン語。ブルームはこれだけ聞き取れた。)、つまり肉体(corpse英語で死体。キリストの体に見立てたパンのこと)。コープス。ラテン語というのはうまい手だな。煙に巻こうとしてるんだから(昔はどこの国でもミサはラテン語が使われた。今はその国の言葉を使って良い)
パンは丸呑みするらしい
(神聖なものだし、噛むのは…)。変な思いつきだよ。死体のかけらを食べるんだから”

”みろよ、連中の顔ったら。恍惚としてて。聖体が胃の中で溶けるのを待っている。神の国が内部にある実感ってか。
これだけで一家一族みんな一つになれる。みんな同じ。私たちは一つ。わたしたちの教団に入っていれば、もう寂しくありませんよって。来年の今頃までは持つかね”

(司祭が)俯いた。レースの裾から靴底が見える。あのピン留めを抜いたら、さぞ慌てるだろう。背中になんか文字が書いてあるぞ。I・N・R・Iかな?Iesus Nazrenenus Rex Iudaeorum = ユダヤ人の王ナザレのイエス)いや、I・H・S(Iesus Homniumn Salvtor = 人類の救い主イエス) だ。いつかモリーに聞いてみた、あれなんの略? I Have Sinned(私は罪を犯した)? I Have Sufferedだった(二つともモリーの冗談)

 ”あいつもそう。ピーター…、じゃないデニス・ケアリーだ。無敵革命党の(19世紀アイルランド独立運動の過激派組織)。同士を裏切って検察に証人に立ったやつ。あいつもこの教会で聖餐を受けていたらしい。うちじゃ女房や、子供が6人もいたくせに。夜は暗殺者。
…いやいないよ。彼女がこんなとこ
(暗殺者のことから突然文通相手を思い出す。ただの意識の流れだから文脈がない)
あれ、そういえばあの封筒どうしたっけ?…、そうそうちゃんと破り捨てました”

 ブルームは司祭の言葉に耳を傾けた。
”我らのより頼みと力にまします天主”

 ”前ミサ来たの、いつだっけ? 
 永福にして原罪なき聖母マリアにその夫ヨセフ。それと
ペテロパウロ…。もう少し勉強すれば面白いかも。
でもまあすごい組織だよ。
 
告解(小部屋で神父に赦しを乞う)。みんな告解したがる。女は早くしたくてうずうず。どうか私を罰してくださいってさ。何しろ相手は大変な武器を持っている(教会)。医者や弁護士なんてもんじゃない。「私は…ゴニョゴニョゴニョなんです」。で神父が「ではヒソヒソヒソしましょう」(告解シーンの真似)。指輪を見ながら言い訳を探す。
ささやきの回廊の壁に耳あり
(教会の中には天井が丸いところもあり、それに反射する声が外に漏れ聞こえたりするらしい)(外の亭主に聞こえて)びっくり仰天。
神様のちょっとした悪戯
(つまり、奥さんが浮気かなんかして神父に全て告白するが、外の亭主に丸聞こえ、というオチ)



続く。





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ロクガツミドリ
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