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第67回 J・ジョイス映像作品その2『ノラ 或る小説家の妻』最終回。


  明くる日、夕景がきれいな桟橋。

ジョイスとノーラが歩いてる。
 突然「やつと寝たのか?」(しつこい!)
「やめて」
そして、くるっと振り返ると、プレジオーゾと画家のシルヴェストリが立ち話してる。そこへジョイスが乗り込み、いきなりプレジオーゾの胸ぐらを掴み、

「テメェ、俺の上さんとヤったのか⁉︎ え、どうなんだ言ってみろ⁉︎」
「言いがかりだ!」
「ジョイス君やめたまえ!」「テメェこのやろ!」「みんなが見てる。落ち着け!」

 去るジョイス。ショックのあまり泣くプレジオーゾ(なんかかわいそう)。
「まあまあ、みんなが見てる」

 しばらくして、ノーラはジョイスを残し、子供達と共に故郷ゴールウェイに一時帰国する。久しぶりに里帰りしてのんびり、子供たちを叔父叔母に見せるのが目的だった。
出発の時、ノーラは薬指に指輪をはめる。叔父叔母に見せ、安心してもらうためだ。
実は、ジョイスとノーラは正式に結婚していない。ジョイスが頑なに拒否した。

「神父や法律家に自分達を承認してもらう?」「財産や権力を統括するための装置?」

 ジョイスには我慢ならなかった。

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 駅で家族を見送るジョイス。歩き方が急に老けている。まだ30歳ぐらいのはずだが…。

 アイルランドに着いたノーラは、ダブリンの地で出版社モーセン社のジョージ・ロバーツに会う。夫の頼みで、『ダブリン市民』の出版を掛け合う。
が…、
「奥さん、あれの中身知ってますか? うちは真面目な出版社です。

無理!」

 
 それと説明はないが、ジョイスの留守の間に、思いつきで開業した映画館は潰れている。後ローマでの銀行員時代は3年ぐらいで終焉。でまた教職や新聞や雑誌の不定期記事など、あっちへフラフラこっちでフラフラ。

 興味深いのは、あの大作家、20世紀を代表するような大作家(と言われているらしい)ジェイムズ・ジョイスは職業作家ではなかったという事実。つまり生活費は、本の売上では全くないと言う事。
生涯で出版できたのは『ダブリン市民』『若い芸術家の肖像』そして『ユリ
シーズ』。あと『フェネガンズ・ウェイク』の計4作(あと詩集が1作)。
 『ダブリン市民』『若い芸術家の肖像』は構想から出版に約10年を費やし、『ユリシーズ』は16年もかかっている(きっかけが1904年6月で、構想は1906年ごろに、執筆を開始したのは1914年ごろとされる。デビュー作(?)『ダブリン市民』出版と同じ年だ。そして雑誌連載開始が1918年。ようやく単行本出版が1922年)。椅子に座って数千ワードの文字を書くだけで16年だ(いい悪いは置いといて)。
『ダブリン市民』も『若い芸術家の肖像』も、出版当初は大して売れていない。『ダブリン市民』なんて、出版から1年経過した時点でたった三百冊しか売れていない大戦中だということも大きかもしれないが)。

 生活費は、まあ教師やら新聞コラムやら、講演に家庭教師、それと借金で賄なった。

そしてお金とは切り離し、あくまでArtist芸術家とし生きたのだ。

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 ノーラは子供たちを連れ、故郷ゴールウェイに帰省する。叔父と叔母に再会。
 かつての自分の部屋を見、感慨深いノーラ。

数日後ノーラの実家にジョイスが尋ねてくる。

「頑張ってくれたみたいだけど、『ダブリン市民』出版はされなかったよ」
「そんな」
「いよいよ本当にダブリンと訣別する」
「いやよ。もうトリエステには戻らないわ」
 夜、家族で夕食。その席で、ノーラは何気にジョイスの左の掌を見る。薬指に結婚指輪。
ただノーラと同じで、叔父たちを安心させたかっただけだろう。

それだけでもノーラは嬉しかった。

 一晩して次の日。故郷を出るジョイス一家。
「それじゃお元気で」



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 この映画は、ジョイスの『ダブリン市民』完成までの経緯を描くものかと思ったら、違った。
 

 やはり映画のエンディングは、オープニングと対になっている。
ノーラは再び故郷へ帰り、一度はマイケルを懐かしむ
でも、そこへジョイスが現れ、ようやく過去と訣別する。

”さよならマイケル”

 タイトルが示す通り、これはノーラの物語であった。

 そしてジョイスと共に未来へ。
だからエンディングで、再び『オーリムの乙女』をデュエットするのは、とても意味深い。

”そこの美しい娘さん、あなたはオーリムの人?

どうかあなたと僕の思い出になるものをください

(娘の方になる)あの日

私たちお互いの指輪を交換した

私はあまり気乗りはしなかった

だって私は金の指輪、あなたのは安い錫の…”



終わり。

 











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