第46回 第4逸話『カリュプソ』 その4
”彼はラリー・オロークの酒場まできた”
この酒場は、当時実在し主人の名もラリー・オロークさん。
”ブラインド越しに見える禿頭。抜け目ないへんつくジジイ。”
…とブルームの独白。
『ユリシーズ』の出版は1922年。物語の舞台からわずか18年後です。オロークさんは当時現存しているはず。
禿頭はしょうがないとして、ジジイもしょうがないとして…。
怒られないのでしょうか?
と言ってもこの酒場、その後”ジェイムズ・ジョイス・ラウンジ”と改名した時期があったそうな…。
『ユリシーズ』が出版され、評判になった後今で言う「聖地巡礼」みたいな感じになったのかな。
そういえば『ユリシーズ』の前作『若い芸術家の肖像』にて、”いじわるローチ”なる悪名をつけられた少年出てきて、スティーブンを文字通りいじめますが、彼も当時実在していて、本名もあだ名もそのままで学校の級友たちからそう呼ばれていました。
ローチさんは大人になってこの本読み、「げっ! 俺はみんなからこう呼ばれてたのか!」
ってなったのでしょうか?
怖いですねぇ。やっぱりいじめは良くない!
閑話休題。
店内を覗くブルーム。
”いるいる。あそこに、図太いラリーが。新聞広告の勧誘(ブルームの仕事)にちっとも乗ってこないんだ。サイモン・ディダラスがあいつの真似うまいんだな。”わしがなにを言おうとしてるかわかるかね?”ってね”
オロークのモノマネをするサイモン、を思うブルーム。
第3話で、リチーおじさんのモノマネをする父サイモンを思うスティーブンとリンクするシーン。
サイモンは、人の真似が得意みたい。
あそうそう、ここでブルームとスティーブンは、サイモン・ディダラスという共通ポイントがあると示される。
だいたいなんの情報も持たない初読者にしたら、主人公が突然変わってかなり戸惑うのでは?
次、
”ロシアなんか日本だったら朝飯前さ”
オロークのマネの続き。これは日露戦争(1904〜1905)のこと。
確かにこの戦争は日本が勝った。小説の舞台は戦争中。
大国ロシアに日本が勝つ。この奇跡をどうしてオロークのような市井の市民が予測できたのか?
日本軍の勝因の一つに、当時最新鋭の潜水艦の活躍がある。これはホーランド型潜水艦というやつで、作ったのはアイルランド人のジョン・フィリップ・ホーランド。
オロークは新聞かパブの雑談でそれを知ったのだろう。
「こんにちは」「いい天気ですね」
またブルーム一人の脳内会話(やっぱりリンクしてる)。
この小説の二人の主人公、スティーブンとブルーム。二人の性格には決定的な違いがある。それは自意識の温度。
スティーブンは自らの行動や考えに、常に意識的。つまり、時にハムレットを気取ってみたり、キリストに同情してみたり、芸術家としての心構えにも、自意識が高い。
「俺はこうだ!」、みたいな。
それに反してブルームは、なぁ〜んも考えていない。宗教についても、スティーブンの人生には、良くも悪くも宗教は大きな存在だったが、ブルームはたまたま親がユダヤ系だったってだけで、本人にしてみたら、やっぱりなぁ〜んも考えていない。祖国アイルランドに対しても、ブルームはなぁ〜んも考えていない。
ブルームもやっぱりあーだこーだ考えるだけで、結局寄らない。
そしてお目当ての「ドルゴッシュ食肉店」に着いた。
ガラスケースの肉たちを眺める。燻製ソーセージに目が止まる。頭ん中で値段の計算をすると頭痛がする。瞬時の計算が苦手らしい。
ブルームさん、好感が持てる。
…続く。