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第45回 第4逸話『カリュプソ』 その3

 ブルームは外に出た。時刻は8時20分ぐらい。繁華街の道を歩く。一人でぶらぶら歩いてるので、また脳内でぶつぶつ独り言を呟く。

 1904年6月16日のダブリンの天気は、晴れだったらしい。ブルームは6月の晴れた朝に真っ黒な喪服を着ている。午後にはかつて友人だったディグナム氏の葬儀に参列するためだ(そういえばスティーブンも、母の葬儀から日が経っていないという事で黒服だ)。

 ”今日は暑くなりそうだ。
こんな黒い服を着てると特に暑さがこたえる。

黒は熱を伝導し反射(屈折だっけ?)する。”

 …と、思うブルーム。

う〜ん。

黒色は熱を吸収するからより暑くなるっていうのは誰でも知っていると思うけど。

反射? 屈折?

吸収でいいじゃない?

 そんで、またぶらぶら歩くブルームは、
”ボーランド社(パン屋)の配達車を見かけたけど、モリーは出来立てより前日のやつの方が好きなんだ、(表面が)パリパリしてて…、(それを食べると)まるで若返ったような気がする〜(突然旅行が頭をよぎる)東方のどこかの国に、朝早く出発。絶えず太陽より先にぐるり。1日分の行程を先回り。永久にそれを続ければ、理論的には歳を取らないはず。”

 相変わらずよくわからん考察…。

つまり、太陽の動きこそが時間の進みとするなら、常に太陽より先に行動していれば、自分だけは時間が進まない、ってこと?

大昔そんな映画があったなあ、『スーパーマン(1978)』。

 …いやぁ〜、それは違うんじゃない? 太陽は物体で、時間というのは、…何だろ? 空間? 形はないが絶対避けられない…物? いや事?
 地球で生きてたら確かめられないだろうけど、太陽が止まったら、時間はどうなるの? 止まるの? え〜?

  あ、”理論的”にか。じゃ誰も確かめられないからいったもん勝ちね。

…まいいか。

 続いて、”〜(俺は)商店街を歩く。
頭にターバンを巻いた男たちが歩いている。呼び売りの声が聞こえる。
俺は歩き続ける。そしたら盗賊にでも出くわすかな。それもいいさ。
母親が戸口で俺をみてる。謎めいた東洋の言葉で子供を家に呼び戻す。高い壁。その向こうで弦楽器の音が響く。〜少女が弾く、あの楽器なんだっけ? 
ダルシマーだ”

 ”〜本で見た。『太陽を追いかけて』”

 商店街を歩きながら、目に映ったものを次々思うブルームの独白。

 謎めいた東洋の言葉で〜とは、ある戸口に女性が立っていて、その人はなんか東洋人ぽく、で母親っぽく、通りの子供に向かって何やら聞いたことのない言葉を発してる…。

ですかね?

 そして以前読んだある本を思い出す。本というのはフレデリック・トンプソンが書いた『太陽を追いかけて』という旅行記。その表紙は少女が楽器を弾いている写真。ただし女性は着物姿の東洋人(日本人)だが、弾いているのはダルシマーじゃなく三味線(動画のラストにちらっと出てきます)。

1904年のアイルランド庶民が、ダルシマーと三味線の区別ができないというのは、まああり得るかもしれないが(失礼)、作者ジョイスも知らなくて調べもしないというのは流石にないと思う。
第2話では、ディージー校長が「口蹄疫」の治療法を裏付ける手紙を書いている。現実はこの病気は21世紀今も続いている。

 いくら個人の頭の中の独白といえ、全く現実を考慮していない。

 芸術作品ですから…(?)。

”見出しのページには太陽の光。ブルームはニヤニヤ思い出し笑いをした。アーサー・グリフィス(政治家)が『フリーマンズ・ジャーナル(アイルランドの有名な新聞)のロゴについて言ったこと、「自治の太陽は北西のアイルランド銀行から昇る」だって。なかなかうまいこと言うね。”

 まず『太陽〜』の見出しに太陽の光は描かれていない。ブルームの内的独白はまた間違っている。
次。
フリーマンズ紙のロゴは、アイルランドの国会議事堂の背後から輝く太陽のイラストだが、これは現実とは削ぐわない。と言うのも実際の国会議事堂を正面から見ると、その背後は北西なのである。太陽は北西からは登らない。

こんな感じ。


 よって(普通と違い)自治の太陽(だけ)は、北西の銀行の方(の方にあるらしい)から昇る、という皮肉。グリフィスが実際言った名言。
 こちらはようやくブルームさん正解。

 小学校の前を横切る。
「エービーシーディー…」アルファベットを読み上げる子供たちの声が聞こえる。

  ”(違う教室からは)地理をやってな。ブルーム山脈…。俺の名の山だ”

 アイルランドにそんな名前の山があるらしい。それを”俺の名”って、外人も同じこと考えるんですね。

 …なんだかなぁ。

「この独白、意味あるぅ?」

が、何行も続く。

 とにかくこの小説は、人物の内的独白(意識の流れ)はその人物の独り言だから、事実と違っても俺(作者ジョイス)知らないし、っと言ってるみたい。
今だったちょっとありえない小説。

 ちなみに、ジェイムズ・ジョイスが『ユリシーズ』執筆を開始したのは1914年。その後、1918年3月ニューヨークの雑誌『リトル・レビュー』から連載を開始。色々障害(マジで)がありながら、約800ページからなるこの超大作をフランスの書店「シェイクスピア・アンド・カンパニー」から単行本出版したのが1922年。
 ですから、完成まで7年ぐらいかかっているわけです。

 1918年。
ジョイスがユリシーズ第9逸話までを完成させた頃。友人の画家フランク・バッチェンとの会話。

「小説の進行状況は?」
「今日はなかなか捗りました」
「それは結構」
「はい。文を二つほど書きました」
「…、はあ」
「はい。頑張りました」
「適切な語を探しているのですか?」
「いえ。語はもう決まっているのです。問題はそれをどう並べて完璧な文にするかということ」
「…は、はあ」

 よって『ユリシーズ』は完璧な小説なのです。

 …続く。




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