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それが分かったらねえ!

 昔携わった舞台、チェーホフ『三人姉妹』。当時私は色々上手くいかず精神的にまいっていた時期でもだったので、記憶に残っている部分と忘れている部分の差が激しい。周りにも迷惑もかけたと思うし。

 劇の中で使われた曲で印象に残っている一曲がある。

Traband『Černej pasažér』

 チェコ語は全く分からないが、翻訳をかけて歌詞を調べてみた。意訳になっていたり間違っているかもしれないがあしからず。(あとチェーホフはロシア)

『黒い乗客』

手には余分なガラクタでいっぱいのスーツケース
それにキャンバスに包まれた地図
電車が向かうのは逆方向
乗車券は長期無効

想い出のどこかにある家
煙突から煙が昇るのが見える
家の中に置かれた食卓
そこには私の家族

過去がニヤニヤと笑みを浮かべてくる
思い出せば心が痛む
空に向かって生える木々
それらはここに根を張っている

私は黒い乗客
目指す場所も方向もない
進む人生は暗闇で分からない
私は黒い乗客
目指す場所も方向もない
どこに行くのかもどこで終わるのかも分からない

カラー写真は全部持っている
前の世紀のいつだかのを
まるでホームレスの気分
それでも私は記憶と共にある

私は黒い乗客
目指す場所も方向もない
進む人生は暗闇で分からない
私は黒い乗客
目指す場所も方向もない
どこに行くのかもどこで終わるのかも分からない

 "Černej pasažér"は翻訳をかけると「黒人の乗客」と出てしまうが、意味合いやカラー写真の対比から考えれば"Černej"は形容詞として「黒い」、あるいは「暗闇の中の」とでも訳すのが妥当だと思う。

 多分これを選曲した先輩は歌詞の意味を調べていないと思う。でも不思議と曲調だけでなく『三人姉妹』のラストシーンと合っている歌詞に思える。

オリガ「(中略)ねえマーシャ、ねえイリーナ、私たちの人生はまだ終わりじゃないの。生きていきましょう! 音楽はあんなに愉しそうに、あんなにうれしそうじゃない。もう少し経てば、私たちが生きてきた意味も、苦しんできた意味もきっと分かるはず......。それが分かったら、それが分かったらねえ!」

(アントン・チェーホフ 浦雅春訳, 『ワーニャおじさん/三人姉妹』, 2009, 光文社)

 曲に合わせ役者は最後の台詞を言い、照明がフェードアウトし、再びフェードインして観客に礼をした後、ムーブメントで舞台の装飾を片付け、最後には空虚な空間だけが残る。私が関わった舞台の中で上位に来るラストシーンだ。
 劇中で実際に鳴り響いているであろう音楽と対照的に敢えて登場人物の心象を表現しているのがいい。

 物語のラストがハッピーエンドでもバッドエンドでも終わってしまえば何かしら続きが描かれなければそれで終わり。でも人生は物語だったらそこで幕が下りるべき時が来ても死ぬまで続く死にオチしかないし認められない。それまで生き続けるしかない。

 だから人はフィクションの物語を鑑賞することで何か救いを求めるんじゃないかとも思う。

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