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「欲しい」「買いたい」から逃れられない世界で
少し前のCEREAL TALKで、Netflixで話題になったドキュメンタリー「Buy Now(邦題:今すぐ購入)」の話を取り上げた。日本でも話題になっていたので、特にリテールに関わる人は観た、もしくは観ようとしている人も多いのではないかと思う。
Podcastの中では4人中2人が視聴済みだったので、観ていない二人にあらすじや良い点・問題点などを解説しつつ、視聴済み側の私と宮武さんのこのドキュメンタリーへの評価がわりと逆の立場だったので、偶然にも多角的に話ができて個人的にもぜひ聞いてほしい回。ちなみにSpotifyだとビデオポッドキャストとして、話している様子も観ることができます。
Podcastを聴いてもらえばわかる通り、私はこの作品をだいぶ好意的に受け止めた。私たちが無意識のうちに欲しいと「思わされている」、そして買うという行為がどんどん楽に便利になり、ハードルが下がることで欲しいから買うへのスピードが上がり、結果的に「買わされている」状況を、視覚的効果もうまく使いながら表現されていた。
個人的に特に評価しているポイントは、過剰にお説教をする、正義感を全面に押し出すようなつくりではないところ。恐怖を煽りすぎている面は多少あるものの、ドキュメンタリーや社会派作品でたまに発生する「これが正しいのである!」と押し付けるかたちではなく、現実の数字と、実際にブランドやEC企業で働いてきた人たちの語りによって、視聴者側に自分で問題を考え、省みるきっかけを作ろうとしているように私には見えた。
一方で、こうした課題や現実だけを見せて解決策を提示していないという批判的視点も、Podcast内で宮武さんが話しているのを聞いて納得感があった。あと、終盤で話したように、ともすると大企業が悪者なのであって消費者は彼らに騙されていたんだ!と他責にすることで溜飲を下げて終わりになる可能性もある作品だとは思う。
企業が儲けるために悪どいことをしていて、消費者はその被害者なのである、私たちひとりひとりの力では何もできないのだから企業側が変わらなければならない、と考えてしまうのは、半分正しい部分もあるけれどやはり片手落ちである。
マーケティングや広告が悪なわけではない。資本主義や営利活動から完全に逃れることは難しい。人はよりよい生活を求めるものであり、「足るを知る」の境地に至れる人は稀だ。生活の彩りや人生の楽しみとして実用的ではないけれど心を満たすもの、思い出に残すための無駄遣いだってある。
私たちが現代社会に生きて、この価値観の中で生きていく以上は、0か100かではなく、常にバランスをとりながら、自分の中で納得できるように選び取り続けていくしかない。
Bloombergのインタビュー記事の中で、どうすればよりサスティナブルな買い物ができるか?という質問に対して監督のNic Staceyは「本当に必要なものなのかどうか、一瞬立ち止まって考える時間をつくること」と答えていた。これだけ読むと至極当然のことを言っているだけに思えるのだけど、大切なことほどシンプルで、でも実行するのは難しくて、だから言葉にすると一周回って月並みにな言葉になってしまうのかもしれない、と思う。
昨年、有料マガジン向けに「『経済を回す』への違和感」というタイトルでnoteを書いたのだけど、資本主義社会に生きている以上はモノの売買がちゃんと発生してお金が流れていかないと健全に社会が保たれて田舎いけれど、不要なものまで買って消費規模を過剰に広げる言い訳に「経済を回す」という言葉を使うのは健全とは言い難いのではないか、と私は思っている。
これも結局はバランスの問題、という話に落ち着いてしまうのだけど、自分の中で不足と過剰のバランスを常に意識すること、「ちょうどいい」を模索し続けることが、自分なりに「考える」ことなんじゃないか、と最近は考えるようになった。ちょうどいいバランスに正解はないし、時と共にちょうどよさは移り変わっていく。だから、ずっと考え続けて、今の自分なりのベストバランスを微調整し続けていかなければならない。
バランスや調和について考えるようになったのは、3年以上前に雑誌「広告」でエルメス前副社長の齋藤峰明さんにインタビューさせていただいたのがきっかけだ。エルメスは売上や利益の拡大ではなく、常にバランスを保つことを方針にしている、という話が私の中で特に印象に残ったからだ。
件のインタビューは有料ではあるけれど雑誌「広告」のnoteで今も読めるので、ぜひこちらも読んでみて欲しい。いまだにいろんな人に個別にリンクを送ってはおすすめしているくらい、私の仕事人生の中でもエポックメイキングなインタビューだった。
素敵なもの、美しいものを見たら「欲しい」と思う。自分をよりよく見せるために着飾ったり美容に投資したり、より快適な暮らしのために最新の家電やガジェットを手に入れたいと思う。そしてその欲望のスイッチをいれるテクニックはより巧妙になってきているから、本当に自分が欲しいと思っているのか、誰かに「思わされている」のか、その境界線はもはや曖昧だ。
一方で、手に入れたものをちゃんと大切に長く使いたいとか、どうせ買うなら環境負荷が少ないものを、という気持ちも多くの人が持ち合わせていると思う。モノを作るコストが下がって、修理するより新品を買う方が安いという逆転現象が起きている今、あえて手間暇をかけて修理やお手入れをして長く使うことにラグジュアリーを見出す流れは起きるだろう、というかもはやすでに起き始めている。金継ぎやぬか床や味噌作りなど手間ひまがかかることを、楽しみのひとつでありクールなこととして取り組む人たちがすでに国内外でも増えているのだから。
私がずっと使い続けている「知性ある消費」というフレーズは、ただ自己を抑制して環境や作り手に優しいものを、というだけではなくて、一人ひとりがより自覚的に、納得感を持って選びとること、というイメージを自分としては持っている。時にはトレンドに流されることもある、無駄遣いや買い物に失敗してしまうこともある。でもそんな経験も経つつ、自分が本当に大切にしたいものたちが、時間をかけて「大切になっていく」こと、たとえ第三者から見たら価値のない、いわゆるリセールバリューのないものであっても、自分にとってはかけがえのないもの増やしていくこと。
どれだけ他者からうらやましがられるようなモノを持っていても、いくらでも使えるお金があっても、自分にとってかけがえのないものが増えていかないと、本当の意味での納得感や幸福感は積み上がっていかないんじゃないかと思う。
「Buy Now(邦題:今すぐ購入)」は消費と幸福についてまでは踏み込んでいないし、マーケティングによって無自覚に買わされていることへの恐怖をより強く押し出した作品ではあるのだけど、本当に自分を幸せにする買い物とは何なのかを考える入り口としてはいいドキュメンタリーだったと私は思う。
これを観て、自分の消費を省みて、何を考え、どう行動を変えていくのか。観て終わりにしないことこそが、消費を変えていくための第一歩なのではないだろうか。
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