ヘミングウェイに捧げるチキンカレー
整体でお世話になっている先生に言われて、十日間の糖断ちをしていた。「糖」断ちとはいうが、糖類だけではない。果糖を含む果物はまあわかるとして、糖とは関係のなさそうなアルコール、コーヒーも断っていた。砂糖がどうこうというのではなく、「習慣性・麻痺性のあるもの」を一時的に断つことが目的らしい。
わたしは普段、基本休肝日がない。毎日、少しではあってもアルコールを摂取している。それが体によいはずがなくて、じんわりとした不調は感じていた。だが不調が常日頃のことになると、人間それにも馴れるもので、日常とはこういうものだろうという気持ちもあった。
そんなわけで、お酒をやめる。意外とどうにかなった。むしろつらいのはコーヒー断ちだった。代わりの嗜好品として、炭酸水を使っていろいろと工夫をしてみた。それについては別に書いてみようと思う。で、その折りに、スペアミントを使った。モヒートっぽいものを作ってみようと思ったのだ。とはいってもノンアルコール&ノンシュガーのモヒート、ミント水というわけにもいかないので、スパイスも混ぜてみた。美味しいことは美味しいけど、そんなにたくさん飲めるわけではない。ミントが余った。これを使ってカレーができないか。文学なカレーが作れないか。そう考えるうちに、ヘミングウェイが浮んだ。
この作家はモヒートが好きだったらしい。5年ほど前、ドイツのハイデルベルクに住んでいた頃、ライン川沿いに「カフェ・ヘミングウェイ」というカフェをしばしば訪ねた。ヘミングウェイにかぶれた店主が営んでいたのか、中には『老人と海』さながらのカジキのオブジェがあり、船室を思わせるインテリアがあり、蔵書として古いヘミングウェイの本が飾られていた。モヒートが名物だった。ライン川のぼんやりとした流れを眺めがら、夏、それをテラス席で飲む。そんなことを幾度かした。美味しかった記憶も、美味しくなかった記憶もない。つまりは普通のモヒートだったのだろうか。いや、どうだろう。ミントで言えば、中央通りのカフェのミントティーのミントの強さには感銘を受けた。こうやって、色々なことを忘れてゆくのだろう。
ヘミングウェイの小説を読んだのは、たしか大学生の頃のことだ。短編小説の醍醐味に魅せられていた。新潮文庫の短編集で読んだと思う。だがことごとく断片的な記憶しかない。その記憶の向こうの印象としては、簡潔さ、(訳文だけど一文の)短さ、力強さ、それでいてどこかふわっとした感じ、(簡潔さの生む)さわやかさ、男臭さというか率直に言えばマチズモ、マチズモだからこそのノスタルジー、こんな感じだろうか。これにモヒート。このあたりのイメージをすべてひっくるめて、カレーにしてしまおうと思った。
力強さはまずはたまねぎの炒め方で出したい。ぐぐっと強い味にするべく、焦げ茶色からいわゆるヒグマ色まで炒める。いちばんの魅力の、ぱきぱきとした簡潔さはやっぱり作る行程で表したい。なので、なるべく時間や行程はかけないものにした。だからカレー粉をメインで使用。なんだったら、カレー粉だけでもOKで配合を考える。さわやかさはカルダモンで出そう。ノスタルジーもカルダモンとシナモンで。甘さと酸味。男臭さは最期に投入するニラで。モヒート感は盛りつけてからのミントと、最期にたらっと加えるラム酒で。肉はマチズモゆえに、もも肉より胸肉のほうがよいのかも。引き締めるべく、一晩塩をすりこんで使ってみよう。ここまでイメージが固まったところで、レシピのメモをザザっと作り、実際にやってみる。
で、試食。当初は合うのかと思っていたニラとミントの組み合わせが思いのほかよい。ミントでは味のイメージがしづらいなら、シソで考えてみよう。シソとニラ。そう、そんな感じ。餃子でもありそうな組み合わせで、さっぱり&力強さ。カルダモンの香りがよくて、食べながらあるヘミングウェイの短篇を思い出す。殺し屋がでてくる作品だ。内容はあまり思い出せないが、カルダモンが合う感じだったような気がする。食べながらずっとそう考えていた。
☆ヘミングウェイに捧げるチキンカレー☆
〈材料〉
たまねぎ 1個
鶏肉 250g
ニラ 3本
にんにく 1かけ
しょうが 1かけ
ヨーグルト 80g
ラム酒 適宜
フェネグリーク 小匙1
トマト缶(カット)200g
水 280ml
スペアミント 適宜
塩 少々
A ホールスパイス
・カイエンペッパー 2本
・シナモンスティック 1/2本
・カルダモン 5粒
・クミン 小匙1
B パウダースパイス
・カレー粉 大匙 1.5
・クミン 小匙 1
・カルダモン 小匙1
・パプリカ 小匙1
・シナモン 小匙1
・ブラックペッパー 小匙1
《つくりかた》
1.玉ねぎは1/4に切ってから、薄切りにする。鶏肉(胸、もも、どちらも可)は一口大に切る。にんにく、しょうがはすりおろしておく。
2.鍋にオリーブオイルをしき(大匙1くらい)、弱火でAのホールスパイスを入れる。泡立ってきたら玉ねぎと塩少々(分量外)を入れ強火。差し水をしながら焦げ茶色になるまでよく炒める。ある程度色が濃くなってきたら、にんにくとしょうがをすりおろして投入。香りが出るまで炒てゆく。
3.トマト缶を2に入れて、気持ち火力を弱め、水気がなくなるまでよく炒める。水気がなくなったら火を止めて、Bのパウダースパイスを入れて、余熱で混ぜる。
4.鶏肉を入れて、弱火~中火で、ルーを肉によくからめてゆく。肉の色が変わったら水を入れて強火。フェネグリークを入れる。わいてきたら弱火にしてヨーグルトを入れ、15分ほど火にかける。
5.味を見て、塩を入れて整える。定まったら、みじんぎりにしたニラを投入。すぐに火をとめて、ラム酒を入れて、かきまぜる。器にもりつけて、最後にミントを散らして完成。
☆より簡単にするには☆
ヘミングウェイの力強さをがんがん出したいので、上のレシピを省略しても全然OK。ホールスパイスはなくても可。フェネグリークなんてなくてもよい(短篇の中のビター味を演出したかったので入れました)。パウダースパイスも、なんだったらカレー粉のみでもOK。ただしその場合、カレー粉は大匙2で。ラム酒はなければ、40度近い強めのお酒ならば代用可。ウオッカでも、ウオッカを家に置いている人であれば、おいしいと感じると思う。ここは省略せずに、料理酒とかワインとか、つまりは13度くらいのお酒ではなく、強めのを使ってほしい。
ニラとスペアミントの、がっつり感とさわやかさの対極はなるべく表現したいので、ここは省略しない方が吉。ニラは簡単に手に入るでしょうから、入れましょう。ミントがなければ、シソとかバジルとか、あなたがさわやかさを感じるもので。ちょっと趣旨は違うけどパクチーでも。春菊でもよいのかも。知らんけど。もうそれも面倒だったら、一口ごとにミントティーを飲みましょう。