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スカイ・ダスト ~日本沈没から10年後の世界~ 第四話

 


 敵機を撃破し、WSPの任務は完了した。
 鳩原とトキは戦闘機ビルドでWSP専用の格納庫へ入る。
 トキはWSPの職員の手引きで医務室へと行き、撃ち抜かれた右肩の治療をする。鳩原はトキの仲間であるオストリッチと共にWSP支部の食堂で食事をとっていた。

「いやしかし見事な腕前だったなジャパニーズ! お前なら十分、WSPでもやっていけるぜ!」

 肉厚のハンバーガー片手にオストリッチは言う。

「トキってやつにも言ったが、俺はWSPに入る気はないよ。今まで通り、タクシー運転手として平和に生きていくんだ」
「そりゃ無理な相談だ。あんなテクニック見せられて逃す手はねぇ。ウチは年中人材不足だからな。つか、WSPと言えば職業ランクで言ったらてっぺんだぞ? 悪くない話だろ」
「職業をランク付けするな。俺はタクシー運転手が性に合ってるんだよ。それに……人殺しはもうごめんだ」

 犯罪者だったとはいえ、鳩原は強盗犯をその手で殺めている。
 決して己のことを善人だとは思っていないが、それでも人を殺すというのは精神的に苦しいモノがある。人として、当然の感覚。腹は減っているのに、ポテトすら喉を通らない。鳩原はポテトを摘まみ上げたまま、その手を止める。

「甘ちゃんだねぇ」

 細い指が鳩原の手からポテトを奪う。
 鳩原が振り返ると、右腕を包帯で吊った金髪の女子――トキが笑いながらポテトを咥えていた。

「どうせ死刑になっていたような奴だ。罪悪感なんざ覚える必要ないだろうに」
「……そう割り切れはしない」
「ああそうかい」

 トキは通話中のスマートフォンを鳩原に渡す。

「なんだよコレ」
「ウチのリーダーがお前に話があるんだと。直接交渉、ってやつだな」

 鳩原は好都合だと思った。
 目の前の二人はあまり話が通じる方ではない。上司に直接断りを入れた方が手っ取り早い。さすがにリーダーまで目の前の二人のように適当な人間ではないだろう。

「……もしもし」
『もっしー。はじめまして鳩原君』

 男性の声だ。少し渋め。声から感じる年齢は30~40。

『僕はシャーロック=クウェイル。WSP第9班の班長だ。これから君の直属の上司になるわけだね』
「いや、待ってください。俺はWSPに入る気はないです」
『え? そうなの?』
「はい。丁重にお断りさせていただきます」

 通話越しに、『仕方ないなぁ』という声が聞こえた。
 次にシャーロックという男が呟いた一言によって、鳩原は一気に追い詰められることになる。その必殺の一言とは――

『運び屋ピジョン』
「げぇっ!?」

 つい、鳩原は濁声を上げてしまった。
 誰にでもある黒歴史。鳩原にとってそれは『運び屋ピジョン』だった。常人の黒歴史とは比べ物にならない、鳩原の社会的急所。

『日本人を不当に海外まで運んだり、逆に不法入国してきた日本人を警察の目の届かない場所まで送り届けたり、色々やっていたみたいだねぇ。ねぇ? 伝説の運び屋ピジョン君』
「はぁ~って、なんのことですかね……」
『トキちゃんが送ってきた君のパーソナルデータをもとに色々と探らせてもらった。一度ピジョンの瞳だけ監視カメラで撮影できたことがあってね、その時撮影したピジョンの瞳孔紋と君の瞳孔紋は完全に一致している。今時、目出し帽だけじゃ完全に身を隠せないね。怖い世の中になったものだ』

 シャーロックの言う通り、鳩原は以前に運び屋をやっていた。 
 細心の注意は払っていた。指紋は残さないようグローブを嵌め、仕事中は目以外の全てを隠していた。それでもどうやら瞳孔から割り当てられてしまったようだ。

『他国へ運搬する際はビルドも使っていたそうじゃないか。君を捕まえようと世界中の警察機関は頑張ったらしいけど、結局足取りすら掴めず終わったようだね。他にも要人の移送、極秘文書や宝財の運搬で大金を稼ぎ、その金を全て日本人支援の慈善団体に寄付していたらしいね』

 運び屋ピジョンは有名であり、その腕を買う金持ちは多かった。『絶対に捕まらない』と箔がついた運び屋は、あらゆる業界で重宝された。
 鳩原は金持ちから多額の報酬を受け取り、それを日本人のために費やしていた。

『日本人の間では運び屋ピジョンは英雄視されているよ? ま、それでも犯罪者であることに変わりない。5年前には足を洗ったみたいだけど、関係ない。僕らは君を捕まえることができる』
「……」

 鳩原は諦めたように瞼を閉じる。

「わかりました。罪は償いましょう。出頭しま――」
『ちょ、待ちなって。交渉はここからだよ?』
「はぁ?」
『WSPに一年間務めれば罪は帳消しにしてあげよう。断るなら捕まえる。どうする?』

 選択肢は……あるようでない。
 もし鳩原が己が罪を素直に認め、おとなしく罰を受けるような『正しい人間』ならばとっくの昔に出頭している。罪を自覚していながら今まで黙っていたのは、鳩原が己が罪を素直に認めず罰を怖がっている『弱い人間』だからだ。

 鳩原は誰かを傷つけたりしたわけではないが、その罪状を見るに懲役数十年は避けられまい。それとWSPで一年間働くこと、どちらがきついかなんか決まっている。

「WSPで雇ってください、お願いします」
『仕方ないな~。そこまで言うなら雇ってあげよう』

 クソ。ムカつくなこの人。と鳩原は胸の内で毒づいた。

『じゃあ、日本で君を待っているよ。鳩原君』

 通話が切れる。
 鳩原はため息をつきながら席についた。トキとオストリッチも話を横で聞いていたので、状況はわかっている。
 さすがのトキとオストリッチも、鳩原を不憫に思ったのか、トキはコーラを、オストリッチはバーガーをすっと前に出す。

「まぁ飲みなよ……飲みかけだけど」
「まぁ食えよ……食いかけだけど」

「ノーセンキューだ!」

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