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スカイ・ダスト ~日本沈没から10年後の世界~ 第九話


「できるか? ラスタチカ」
『うちはできる。お前はできるのか?』
「やってやるさ。この三機の連携を崩すにはこの手しか無い」
『わかった。気象データを送る。タイミングを誤るなよ』

 鳩原は付かず離れずの距離を保ち、前衛二機を釣り出す。

「狙撃機と前衛の片方は手強い。だけどもう一機、飛び出しがちな一機はまだ隙がある。タイムリミットまで後1分、できるだけ削る!」

 鳩原は防戦一方だった所から一転、シャンデル(斜め上方宙返り)からループ(宙返り)し、敵機(ケツァル機)の背後を取ってレーザー機銃をぶっ放す。レーザーはシールドに弾かれるも、シールドを削ることには成功する。
 鳩原自身ももう一機(烏秋機)に背後を取られるが、バレルロール(横転と機首上げを同時にする技)で射撃を回避する。本当は背後を取った敵機(ケツァル機)をもっと追撃したかったが、狙撃機(レイヴン機)のレーザー弾にうまく牽制されて追撃はできなかった。

 しかし目的は十分果たした。こちらから初めて攻撃を仕掛けたおかげで、敵機の連携が僅かに乱れた。乱れた陣形の隙をつき、鳩原は戦闘空域からの離脱を測る。

『あと10秒だ。ポッポ』
「了解!」

 初めて、鳩原は背を向け逃走した。当然、敵機はその背中を狙い、追走する。
 背後からの攻撃を全て完璧に避けるのは不可能。
 鳩原はシールドを展開し、機体をジグザグに動かして無人機からのレーザー弾を回避する。回避しきれない攻撃はシールドで弾く。

『3秒』
「2秒!」
「『1秒!』」

 勝ちを確信していた無人機三人衆。だがそこで、前衛の二機の頭上で予期せぬ事態が起きる。
 彼らの真上にある積乱雲から暴風が落ちてきた。

――ダウンバースト。

 下降気流の一種である。積乱雲から発せられる暴風だ。積乱雲内の気熱、空気圧、水量の関係から放たれるもの。
 ダウンバーストの発生を予測することは前時代では不可能だったが、『絶対的天候予知装置マクスウェル』によって積乱雲とその周辺の風量と気熱と水分量を観測し、得た情報をもとに計算すれば発生のタイミング、範囲は予知できる。

 あちらは三機。だが鳩原も、ラスタチカと『天候』という味方が居た。つまり、この戦いは三対三だったのだ。それを理解していたのは鳩原とシャーロックのみである。

 ダウンバーストの風速は50kmを超えることもある。如何に最新鋭のビルドであってもこの暴風の中万全な飛行は不可能であり、一時姿勢制御が不可能な所まで追い込まれる。前衛二機は暴風に捕われ、姿勢を崩す。一機(烏秋機)はシールドを展開することで暴風の影響を軽減するが、もう一機(ケツァル機)はモロに喰らい制御を完全に失う。そこを鳩原は穿つ。

 鳩原は暴風のない安全地帯からレーザー機銃と実弾機銃を出し惜しみなく放ち、敵機(ケツァル機)を撃墜することに成功する。前衛のもう一機(烏秋機)は僚機(ケツァル機)の爆発に巻き込まれ、左翼を損傷。なんとか積乱雲の下から抜け出すも、抜け出した瞬間に鳩原のミサイル4弾に捕捉されてしまう。シールドで何とか対応するが、シールドはダウンバースト回避のために消耗していたため爆撃を防ぎ切れず、機体上部に装備していたメイン装備であるレーザー機銃を破損、さらにメインカメラ損傷。煙を上げながら無人機(烏秋機)は逃走する。

 すでに勝負は決した。命からがら逃げる無人機を鳩原は追走する。その時、ピコンと信号が光った。

「これは……通信? 敵機からか?」

 鳩原機に音声通信を求めるメッセージが届く。鳩原はこれを承諾し、回線を繋ぐ。

『ちょっと待ってくれ鳩原修二君!』
「男の声……」
『俺は烏秋オウチュウ! 君の同僚だよ! これは試験だったんだ! もう試験は終わり! お疲れ様! 俺を撃つのは勘弁してくれ!!』

 自分の名前を知っている相手。とは言え、さっきまでこちらを撃ってきていた相手だ。
 半信半疑――試験、という可能性は十分ある。なんせ、撃ってはきていたものの、殺気のようなモノは感じなかった。それに、こんな何もない場所でテロリストが待ち構えている理由がそもそもわからない。

 天候まで使って得た絶好の撃墜チャンス。これを半信半疑の情報で手放すのは惜しい……どうしても惜しい。鳩原は自分で考えるのをやめた。

「ラスタチカ! 判断求む!」
『AIがその単純な脳みそで考えた低俗な命乞いだ。無視してよし』
「――わかった!」

『ラスタチカおまえええええええぇぇぇぇぇぇ!!!!』

 鳩原はラスタチカの判断を支持し、敵機の背中にレーザー弾をぶち込み撃墜。
 これで残りは一機。

「あの狙撃機は!?」
『逃げたな。索敵範囲から反応ロスト』
「追うか?」
『必要ない。十分な戦果だポッポ。帰投きとうしろ』
「了解」

 鳩原はビルドを自動操縦にし、ネクタイを緩める。

「……やれやれ。こんな毎日が続くのか。こりゃ、刑務所に入った方がマシだったかもなぁ」

――命が幾つあっても足りやしない。

 ◆

 一方その頃、遠隔操縦室。

「「い、1000万……!?」」

 ケツァルと烏秋は1000万の負債を前に項垂れた。口からは魂が漏れている。

「ふぅ。危なかった」

 一方、一機逃げ帰ったレイヴンは額の汗を拭う。

「「なに一人だけ逃げてんだよ!!!」」
「戦略的撤退だ」

 レイヴンはケツァルと烏秋がダウンバーストに捕まると同時に逃走を選択していた。もしもレイヴンがサポートしていたら、烏秋ぐらいは救えたかもしれないが、逃げ遅れて全機撃墜の可能性も高かった。冷静な選択と言える。……ただ見捨てただけとも言えるが。

「さすがだね」

 シャーロックは惜しみない拍手を鳩原に送る。隣ではトキがどや顔をかましている。

「ポッポの奴、まさか天候を使うとはな」
「ラスタチカには出しゃばらないよう言ってある。だからアレは、彼の作戦だろうね。ていうかポッポって、もしかして彼のコードネーム?」
「そうだ。ラスタチカが考えた」
「ポッポ君か。呼びやすくていいね。所で彼、あの操縦技術はどこで鍛えたんだろ?」
「ん? 運び屋の時だろ?」
「でも彼は5年前に足を洗っているからね。そこからの5年、どこかで鍛えていたはずでしょ? あんだけ動けるんだから――」
「いいや、飛行機の中で聞いたけど、5年は触ってなかったみたいだよ。会社の忘年会の余興で動かしたことがあるぐらい、つってたかな」
「5年……5年? ブランク5年かい!?」

 驚いたのはシャーロックだけじゃない、トキを除く他メンバーもだ。

「トキちゃん、それマジ? ブランク5年であの動き?」

 声色こそ柔らかいが、烏秋の目に光は無い。

「あ! でもこの前、私のガシェットエースを軽く動かしてたよ」
「とは言えでしょ。なんなのこの新入り」

 ケツァルも烏秋と同じく、直接空中戦を繰り広げたからわかるのだ。ブランク5年で、あの動きをする鳩原のが。

「なにをそんな驚いてるんだよ。ブランクってそんなヤバいのか?」
「あんなぁトキ」

 オストリッチが鳩原の異常さを改めて説明する。

「ビルドってのは日々進化している。5年前と今とじゃ操作性もかなり変わってるんだ。それはお前もわかるだろ?」
「ま、まぁな」
「アイツの前歴は良く知らねぇが、民間のレベルで手に入るビルドなんざ軍の最新鋭のモノと比べれば更に5年分ぐらいの技術差があると考えていい。合計10年、これだけの技術差がある機体……慣らすだけでも1週間は必要だぜ」

 鳩原のしたことを例えるならば、ガラケー世代がいきなりスマホを持たされてフリック入力を初見で簡単にやってのけたようなもの。あるいはオートマ車の教習しか受けていない者がマニュアル車を誰の指示もなく初見で乗りこなしたようなものだ。

 どれだけ予習していたとしても、ありえないことだ。

「腕はいいが」

 副班長レイヴン班長シャーロックに視線を向ける。

「それだけでは適正とは呼べないぞ。班長」
「わかっているさ」

 シャーロックは鳩原の機体状況を見て、微笑みを浮かべる。
 結果的に、鳩原の機体ダメージはゼロ。武装はほとんど出し尽くしたが、あれだけの猛攻を受け、あれだけ無茶な作戦を遂行し、無傷。

 逸材――という言葉で片付けられない。

 シャーロックは鳩原と会うことが楽しみで仕方なかった。

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