スカイ・ダスト ~日本沈没から10年後の世界~ 第八話
関東地方を出れば、そこにあるのは一面海。場所で言えば、現在鳩原は静岡県の上に居た。
「……何もないな……」
飛行機の上では意識して、見ないようにしていた。
故郷の――現状。
『ポッポ、お前、出身は?』
「……静岡だ」
『そうか』
ラスタチカは慰めの言葉を掛けない。会ったばかりの人間が癒せる程度の傷ではないことはわかっていた。
「うなぎパイって菓子が有名でな。それと一緒に、静岡の茶を飲むのが好きだったんだ」
『うなぎのパイ!? う、美味いのかそれは……?』
「美味いよ。二度と食べられないとわかっていれば、留学前にたらふく食ったんだけどな。悪い。今する話じゃなかった。戦闘空域はどの辺だ?」
『27番空域。お前にわかりやすいように言うなら、大阪府の上だ』
(大阪か。たこ焼き食いたいな)
戦闘空域に到達。
鳩原はレーダーで敵機の位置を確認する。
「ビルドを三機確認した! データーベースに無い識別信号だ。全部敵ってことでいいのかラスタチカ」
『ああ』
「ちょっと待て……味方はいないのか!?」
『全員違う空域で戦闘中だ。ポッポ、お前のミッションはこの三機全機の撃破だ』
「なぁ!? 一対三だと!? 新人が受けるタスクじゃないだろ!!」
『どっちみちそれ以外の択は無いぞ。敵に捕捉された。構えろ』
三機共こちらに向かってくる。
鳩原はまず目視で敵機の武装を軽く確認。
自分と同じ軽装機が二機、残りの一機はそれなりの量の武装を搭載している。となれば、フォーメーションは二・一。
鳩原の予測通り、軽装機二機が前に出て一機が後ろに残る。
「……プラスに考えろ……所詮、相手は無人機。AIだ。感情の無い思考なんて簡単に読める!」
空中戦が始まる。
基本的に、戦闘機の戦いは背後を取ったら有利。ビルドと言えど急速旋回には限界があるし、後ろに飛ぶこともできない。
だが今は一対三。相手一機の背後を取ったところでもう一機に背後を取られて終わりだ。相手の背後を取るのではなく、自分の背後を取らせないようにする戦い。その点、鳩原は見事だった。相手の弾幕を上手く避けつつ、背後を取らせないように動き回っている。
「なんとか凌げるか……!」
鳩原が目の前の二機に集中した時だった。距離を取っていた重装機のカブトムシの角のように伸びた銃砲門から、真っすぐで足の速いレーザー弾が飛んできた。
(速い!?)
鳩原は機体を旋回。右翼に当たる軌道だったレーザー弾を何とか回避する。
(狙撃手か! 良い腕だし、良いタイミングで差し込んでくる。加えて前衛の二機! こいつらもかなりの練度! 反撃に移れない! 本当にAIかコイツら!!)
鳩原は良くやっている。だがそれ以上に、予想以上に、三機が強い。連携・反射速度・格闘能力・射撃能力、どれを取っても高水準だ。
『ポッポ』
「なんだ!? いま忙しい! 年末のカラオケ屋をワンオペで回している気分だ」
『忙しい所すまないが団体客の予約が入った。3分後、その地帯で豪雨が起きる』
「な――」
『マクスウェルの解析を元に計算し、割り出した情報だ。豪雨の中じゃ更に泥沼になるぞ。戦場を移すか、それまでに敵を撃墜しろ』
鳩原の視界の端に、天高く伸びる雲が映る。
(アレは積乱雲か。そんで、この気圧……)
鳩原は口角を上げる。
「団体客? ベテランアルバイターの間違いだろ」
『なに?』
「ラスタチカ。至急、欲しい情報がある」
◆
鳩原が三機の無人機と戦っている時、トキとオストリッチは格納庫に隣接して存在する『遠隔操縦室』の扉を開いた。
「お待たせ」
トキの言葉に操縦室の面々が反応する。
そこに居たのは――トキと同じく第9班のメンバー達。
「ニーハオ、トキちゃん」
まず反応したのはチャイナ服の男。
コードネーム・烏秋。中国籍。20歳。糸目で三つ編みのイケメン君。
「オストリッチ。アンタ、銀行強盗如きに機体奪われたんだって? 相変わらず馬鹿だねぇ」
次に反応したのはコードネーム・ケツァル。メキシコ人の女性。年齢は――秘匿。
「仕方ねぇだろう。男の急所をやられたんだから」
「ふざけるな」
オストリッチを諫めるのは冷たい瞳の男。
「隙だらけだから狙われるんだろう。お前のミスはキッチリ上に報告した。ビルドを失った負債もしっかりツケておくからな」
コードネーム・レイヴン。韓国人の男性。年齢31。第9班副班長。
「マジっすか副班長……」
現在、烏秋・ケツァル・レイヴンの三人は画面に向かっていた。彼らの目の前にはそれぞれビルドの操縦パネルや操縦桿がある。
テロリストの無人機が発生したというのは真っ赤な嘘。
この無人機騒動はポッポの実力を試すための試験であり、第9班がでっち上げたもの。当然、トキ、オストリッチ、ラスタチカ、ウィーバーはわかっていて鳩原を戦場に送り込んだ。
第9班の精鋭3人が遠隔で無人機を操作し、鳩原を追い詰める。それを鳩原がどう捌くかを見る試験。
鳩原の相手は無人機ではあるがAIではなく、人間だったのだ。
「そんで、どうよ烏秋、私が連れて来た新人はさ。結構やるっしょ?」
「まぁね~。でも、さすがに俺達三人の相手はキツそうだね~。もう完全に逃げ腰。仲間が来るまで粘ろうって算段かな? これ試験だから救援なんて来ないけど。ケツ姐、ちょっと近づきすぎじゃない?」
「次ケツ姐って呼んだらぶっ殺すわよ。コイツ、さっきからムカつくのよね。速度調整してこっちの射程から出たり入ったり。目の前に人参ぶら下げられている気分だわ。副班長! 狙撃一回も当たってないけど、本気でやってる!?」
「やってるさ。武装制限、撃墜禁止、遠隔操作。これらのハンデを差し引いてもアイツの回避運動は上手いよ」
操縦室にさらに来客がやってくる。
「調子はどうだい?」
「「「班長!」」」
班長――と呼ばれた男は、とても人を束ねるような人物には見えなかった。丸眼鏡で、猫背で、まばらに髭を生やして、ダルダルのワイシャツを着ており、さらにカップラーメンを食べている。
彼こそシャーロック=クウェイル。第9班班長。シンガポール人、36歳。
「トキちゃん。君はどう見る? この試験の結末」
「残念だけど烏秋たちの勝ちかな。さすがに三対一はきちぃ。だけど実力は十分示せたろ。オストリッチだったら30秒待たずに武装全部ぶっ壊されてるよ」
「舐めんじゃねぇ。45秒はもつ!」
「はっはっは! わかってないねぇトキちゃん」
班長の言葉にトキは唇を尖らせる。
「何がわかってないんだよ」
「これは三対一じゃない、三対三だよ」
「三対三? 三対二って言うならわかるぞ。あっちにはラスタチカが付いているからな」
ラスタチカは鳩原のサポートに専念し、烏秋たちにはついていない。つまり、三人には気象情報が降りてきておらず、鳩原には降りてきている。空中戦において、これは明確なアドバンテージと言える。
「じきにわかるさ。そうそう、三人ともあれだからね。もし君たちの機体が撃墜されたら、機体の代金弁償してもらうから」
「「え!!?」」
烏秋が振り返る。
「弁償って、いくら?」
「まぁビルド代全額とは言わないけど、落とされたら10万ドルは払ってもらうよ? 自機の責任は自分で持つ」
「あちゃ~。負けられないな」
ただでさえ鳩原が不利なのに、金がかかったことでさらに遠隔操作組の集中力が増してしまう。
だが今更集中力を増したところでもう遅い。とシャーロックは考える。この場で、鳩原の思惑に気づいているのはシャーロック一人。
じきに、天から終幕を知らせるカーテンが下りてくる。