見出し画像

シェイクスピアの描く「見えない存在による力」が観客に感覚的に掴み取れる理由

シェイクスピアの『ハムレット』や『マクベス』に共通するテーマとして、「見えない存在による大いなる力」が登場人物を突き動かし、彼らが抗えない運命の流れの中で翻弄されるという構造があります。観客はこれを感覚的に掴み取ることができますが、それは単なる物語の筋によるものではなく、シェイクスピアの演出や言葉の選び方、物語の構造そのものに緻密な設計が施されているからです。

ここでは、「なぜ観客はこの“見えない力”の存在を直感的に感じるのか?」 という問いに対して、シェイクスピアの作品が持つ演劇的・物語的な仕掛けを分析していきます。



1. 「見えない力」の表現手法

シェイクスピアは、物語の中で「見えない力」を可視化する さまざまな手法を駆使しています。その代表的なものを挙げてみましょう。

(1) 亡霊・幻影・予言という「超自然的な存在」

  • 『ハムレット』では、亡霊が現れ、王の死の真相をハムレットに告げ、復讐へと駆り立てる。

  • 『マクベス』では、魔女たちが予言を与え、それによってマクベスは「運命」に取り憑かれ、暴走していく。

これらの超自然的存在は、単なる「登場人物の幻想」としても解釈できるし、「運命そのものの象徴」としても理解できる。この 曖昧な位置づけ によって、観客は「本当に彼らは自由意志で動いているのか?」という疑念を持ちながら物語を追うことになる。

(2) 言葉の反復による「呪縛の強調」

シェイクスピアの戯曲では、特定の言葉やフレーズが何度も反復される。

  • 『マクベス』の「運命の女神は私を裏切った」「森が動くはずはない」などの台詞は、「信じていたものが崩れる恐怖」 を生む。

  • 『ハムレット』の「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ」は、「個人の意志では決められない世界の力」 を象徴している。

反復される言葉は、登場人物の思考を縛るように働き、それを聞いている観客も 「見えない何かによって運命が誘導されている」 という感覚を抱く。

(3) 世界の崩壊を示す異常な自然現象

シェイクスピアの作品では、登場人物の行動と連動して、世界そのものが乱れる という表現がよく使われる。

  • 『マクベス』では、王が殺されると「暴風が吹き荒れ、馬が狂ったように暴れた」と語られる。

  • 『ハムレット』では、「デンマークの国は病んでいる」という比喩が使われ、王家の崩壊と国家の乱れが重ねられる。

これにより、「人間の意思とは関係なく、大きな力が世界を動かしている」という直感的な感覚が生まれる。


2. 登場人物の心理操作と観客への効果

シェイクスピアの登場人物たちは、ほとんどが「自分は自由に選択している」と信じているが、実際には 見えない力に操られているように 振る舞う。この構造が、観客に「彼らは運命に囚われている」という印象を強める。

(1) 予言と自己成就の罠

  • 『マクベス』では、「お前は王となる」と予言されるが、それを実現するためにマクベス自身が行動を起こし、破滅する。

  • これは「予言がなければ何も起こらなかったのか?」「彼は最初から操られていたのか?」という疑問を観客に抱かせる。

この 「見えないものに追い詰められていく感覚」 が、観客に「大いなる力の存在」を感じさせる。

(2) 狂気と論理のはざまで揺れる主人公

  • 『ハムレット』の「狂気」は、彼の計算か、それとも本当に精神が壊れたのか曖昧である。

  • 『マクベス』の「幻視」は、魔女の呪いなのか、彼の罪悪感が生み出したものなのか、はっきりしない。

主人公が「見えないもの」と対話する構造 にすることで、観客も 「彼は何と戦っているのか?」 という不可解な恐怖に巻き込まれる。


3. 物語構造による「運命の不可避性」

シェイクスピアの悲劇は、ほぼすべて 「不可避な結末」 に向かって進行する。これは、観客に「彼らは最初から運命に支配されていたのではないか?」という疑念を抱かせる仕組みになっている。

(1) 遅すぎる気づき(悲劇的アイロニー)

  • 『オイディプス王』と同じく、『マクベス』や『ハムレット』では、主人公が真実に気づくのは 「もはや後戻りできない段階」 になってからである。

  • 観客は 「もし最初に気づいていれば?」 という可能性を感じつつ、物語が破滅へと向かうことを見守る。

(2) 人間の「自由意志」の無力さ

  • シェイクスピアの登場人物たちは皆、「自分は正しい道を選んでいる」と思っているが、結果的には破滅する。

  • これは 「人間の意志は、大いなる力の前では無意味なのではないか?」 という観客の直感を生む。


結論:シェイクスピアの悲劇が「見えない力」を感覚的に伝える仕組み

シェイクスピアの作品では、「見えない力」によって人間が動かされているという感覚が、観客に強く植え付けられる。それは以下のような手法によるものである。

  1. 亡霊・予言・幻影 による「不可視の存在の演出」

  2. 言葉の反復 による「観念の呪縛」

  3. 異常な自然現象 による「世界の変調」

  4. 登場人物の心理的操作 による「運命の不可避性」

  5. 物語の構造 による「破滅の必然性」

これらの要素が巧妙に組み合わさることで、観客は 「人間は見えない何かに突き動かされ、逆らうことができないのではないか?」 という直感的な感覚を持つようになる。

シェイクスピアは、まさに 「運命というものを、観客自身に体験させる」 仕組みを作り上げていたのである。

いいなと思ったら応援しよう!