神経発達症(発達障害)息子の母になる〜母達の病気③
義母の闘病中のお付き合いが
程々になってきたころ(治療のための入院が始まったため)
母から
胸にしこりがある気がする
とLINEが来ました。
実家に帰ると
母
「多分これ、しこりだと思うんだけど〜」
と胸をゴリゴリ触っています。
わたしも、どれが?と触らせてもらったのですが
かなり大きいしこりがありました。
ゴリゴリしています。
嫌な予感がしました。
わたし
「ばぁちゃんには言ったの?」
わりと自由で遊びが好きで
人を傷つける発言をしがちではあるけれど
心配性で倒れやすい祖母ですから
母が何も考えずに、この件を話したのではないかと焦りましたが
母
「うーん、まだ言ってない」
良かったです。
結果が出るまで
どれだけ時間がかかるかわからないので
まだ黙っていた方がいいような気がしました。
わたし
「今すぐ町の診療所で紹介状書いてもらって
即大きな病院行った方がいいと思う」
いつも可愛げのない悪態をついているはずの父も心配していて
その日のうちに町の診療所で紹介状をもらい
近隣の街で1番大きな医大に行きました。
結果は
ガンである、ということ。
手術で片胸を摘出しなければならない、ということ。
大まかにこの2点の説明をされたそうです。
母が耐え難かったのは祖母への告知でした。
わたしも祖母が傷つくのが嫌で嫌で堪らなく
心臓が潰れそうでした。
宇宙語でキャッキャと騒ぎながら
畑のホースで水浴びをしている息子(水が大好き)を見ながら
真っ暗な気持ちでいました。
いろんなことがあって、頭の中がパンパンでした。
しかし、こんな時も息子は楽しそうで
こういう時、何もわからないのはいいな
と思いました。
発達に関して理解ない発言をする母でも、祖母でも
昔は毒親の鏡で、
出来の悪い私ばかりいじめる母でも、
女に生まれたからには
子供であっても家事を手伝うべきという偏ったThe.昔頭の祖母でも
平穏に生きていてほしい
健康であってほしい
傷ついてほしくないんです。
息子にも思うように
家族には幸せでいてほしくて
告知しに行く瞬間が、その時間が
とても辛かったのですが
私達の心配を良い意味で裏切り
祖母は
気丈でした。
祖母
「それで、いつ手術するの?」
母
「◯日に入院して、◯日に手術するよ」
祖母
「もっと早くできないんか?」
母
「うん、日程は最短でそこしかなかったんだ」
祖母
「そうか…はよ手術して治してこい」
祖母は静かに言いました。
ただし、母が家に戻った後
わたしには「いつ発見したのよ?」「もっと早く気づかないものか?」など、
色んなことを聞いてきました。
きっと祖母なりに母に気を遣って言葉少なだったんだなと思いました。
祖母は自由で気を遣わない人だと思っていましたが、そういうわけではなかったようです。
息子を見守る目は優しいし
(たまにやっぱりあれこれと余計な事を言いはするんですが)
我が孫に限って…と思っての失言だったのかなと
思いました。
そしてー。
入院、手術を経て
母は退院するのですが
この間に病院のヘマで問題が起こり
(胸を切除した後、鎮痛剤や抗生剤を渡さずに退院させて母が高熱で運ばれる)
祖母は顔を真っ赤にして
見た事がないほど病院に対して激怒しました。
さすがの息子も硬直するほどの怒り具合で
高血圧の祖母が心配で胡麻麦茶を買ってきた思い出があります。
今度何かあったら
私も容赦なく病院にクレームを、と意気込んでいましたが
しばらくして回復した母から
切除した胸にあった腫瘍を調べたら
骨肉腫だった
と電話がありました。
骨肉腫?
骨にできる癌じゃないの?
これには
わたしだけでなく、家族全員が混乱しました。
病院からは、
診察結果と今後の治療方針をお伝えしますので
来られるご家族は、みなさんいらしてもらって構いません。
と言われ、
父、母、弟2人が行くことになりました。