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おかめの鼻には松茸。(役に立たないそば屋の話12)

秋の味覚といわれる、松茸。
みなさん、今年は何回松茸をお食べになりましたか。
私なんかもう、数十回も、、
食べたいなあと思うのだけれど、
実物は一度も。

採れたての松茸は、火にあぶって、
熱いところを手で裂いて食べる。
これが最高。
こりこりとした歯ごたえが、たまらない。

でも、松茸の産地である長野県でも、
ちょっと、手に入れるのは難しい高嶺の花。

さあ、そばにも、その松茸を使ったものがあるようで。

東京の老舗のそば屋さんのお品書きの中に、
「おかめ」というのがある。

これは、暖かいそばの上に、
様々な具をのせてある、
ちょっと、贅沢な気分のそばだ。

「おかめ」とは、
下ぶくれの女性の顔のこと。
「お多福(おたふく)」ともよばれ、
縁起がいいと言われている。
様々な具を使って、
この「おかめ」の愛嬌ある顔を、
そばの上に描き出そうというのが、
この種物の特徴だ。

この「おかめ」というそばを考案したのは、
江戸は入谷にあった太田庵というそば屋だった。

時代は幕末というから、
ちょうど「篤姫」が大奥にいた頃なのかもしれない。

具の並べ方は、
まず、一番上に、娘の髪型になぞらえて、
真ん中を結んだリボン状の島田湯葉を置く。
そうして、かまぼこを二枚、
下ぶくれの頬に見えるようにハの字に置く。
そのかまぼこの間に、
薄切りにした松茸を置いて、鼻に見立てる。

これを基本にして、
卵焼きを口にしたり、
椎茸や、小松菜、海藻などを髪の飾りに使ったり、
などと、いろいろと工夫がされたみたいだ。

それを蓋付きのどんぶりに盛り付け、
蓋を開けたとたん、
愛嬌のある「おかめ」の顔が現れるという趣向。

これが「見立て」を楽しむ江戸っ子たちの間で大受け。
それまで、具をのせたそばとして流行っていた、
「しっぽく」の影を、
瞬く間に薄いものにしてしまったそうだ。

しかしながらこの「おかめ」。
今でも、「おかめ」の顔をかたどって出される店も確かにある。

ただ、多くの店では、
「おかめ」といえば、かまぼこと椎茸と青菜などを、
熱いそばの上に載せたものとなった。

肴の少ないそば屋では、
この「おかめ」を頼んで、
上に乗った具で、酒をちびちびと飲み、
最後に伸びきったそばを食べる、
という飲んべえも居るようだ。

さて、今回の話の中心は、
この「おかめ」の顔の中心にあるべきもの、
鼻に見立てたという松茸なのだ。

松茸を具に使うということで、この「おかめ」
当初は、秋の限定メニューだったらしい。

ところが、そのうちに、
塩漬けの松茸が出回り、
一年を通して、出されるメニューとなった。

でも、松茸を使うなんて、
かなり高級なそばだったんじゃないの。

ところがところが、
昔は、松茸というのは、
高級どころか、ごく、ありふれたキノコだったらしい。
その辺りの山でも、普通に採れていたキノコだったようだ。

統計によると、
昭和の初め頃がピークで、
全国で、1万トンをこえる松茸が採れた年もあったらしい。

ちょっと待てよ、一万トンというと、
一本50グラムぐらいの松茸に換算すると、、
約2億本。
国民一人当たり、二本ぐらいの松茸が食べれたのだ。
しかも、50グラムといえばかなり立派な松茸、
実際には、その半分以下のものが使われたことだろう。
つまり、それほど珍しいものでもなかったのだね。

「おかめ」を作った太田庵。
当時としては、ごく、身近なキノコを、
使っただけなのかもしれない。

先日、ある温泉施設に行ったら、
「松茸そば 800円」とある。

頼んでみたら、普通のかけそばの上に、
よく、これだけ薄く切ったと感心するぐらいの、
しかも小さな松茸が三切れ載っている。

それでも、松茸の香りはするのだ。
その周辺は松茸の産地だけれども、
多分、そばの上に載っていたのは、
外国産に違いない。

それもそのはず、国内の松茸の消費量の、
97パーセントは、中国やカナダなどからの、
輸入品だそうだ。
今や、国産の松茸は、
年に40トンぐらいしか採れないという。

松茸の入った「おかめ」そばを、
食べてみたい気がするが、
値段を見るのが、ちと、怖い。
かといって、「おかめ」の鼻が無いのも、
寂しいものだ。

それならば、栽培されて、広く出回っているシメジを使って、
新しいメニューでも考えようか。

「ひょっとこ」なんてね。

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